V 強襲する前から先手を打たれていた事に、悔しそうに歯噛みするホクシア。 しかし、この程度で彼女が動じる筈も無く。 すぐに何時もの淡々とした表情に戻ると、気を取り直し高らかに一つの呪文を紡ぐ。 「──っ!?」 ホクシアが徐に片手を翳すと同時に、耳を劈くような雷鳴が轟き閃光が迸る。 魔の力によって生み出された霹靂は凄まじいエネルギーを保ちながら一直線にクレイズへと向かってゆく。 驚愕する暇さえ与えぬ程の雷光、しかしクレイズとて指を咥えて見ている訳では無く。 ほぼ反射的に横っ飛びをすれば、今まで彼が立っていた地面に雷が深々と突き刺さり、辺りに黒煙が巻き起こる。 クレイズがホッと安堵の息を吐いたのも束の間、ホクシアはすでに次の動作へと切り替わる。 早口で呪文を詠唱、今度は頭上から無数の黒く輝く刃がまるで雨のように降り注ぐ。 「…っとぉ! 随分物騒な魔術使ってくるねぇ」 回避しきれないと一瞬で判断、狂気の刃が頭上に降り注ぐ前に片手を翳せば、クレイズを中心としてドーム状のシールドが生み出されれば、淡い光を放つそれは刃をことごとく弾き飛ばしてゆく。 流石のホクシアも、こうもあっさりと自分の攻撃を捌き切られ焦りと苛立ちが胸の奥に掬い始めたのだろう、鋭い視線をクレイズにぶつけた。 「何なのよこいつ…しぶといわね。私達の邪魔をしないで」 「別に、キミの邪魔をしようって訳じゃないさ。勿論、キミを殺すつもりもない」 「……? 貴方、何を企んでいるの?」 的を射ないクレイズの返答に、眉をしかめつつ小首を傾げるホクシア。 しかし、改めてクレイズの行動を顧みてみれば、思い当たる節が無い訳でも無い。 彼は先程から街の人々を助けたりホクシアが放つ攻撃を凌いでいるが、考えてみれば彼から攻撃を仕掛けてきた事は一度としてなかったから。 「…キミの事は、噂で知ってたよ。人々が住んでいる街を襲う魔族がいるってね。だから、実際に会って話をしてみたかった。その為に貴族の護衛の依頼も受けたけど…ぶっちゃけ貴族が殺されようがどうなろうが知ったこっちゃ無いしねぇ」 「私と話を…? つくづく変な人族ね、貴方」 クレイズの口から放たれた言葉は予想だにしなかったもので、何時も淡々と感情の起伏の乏しいホクシアにしては珍しく驚愕の表情を浮かべる。 …と同時に、クレイズの真意を汲み取れず警戒心を募らせるばかり。 「街を襲うのは…殺された同胞の復讐をする為? 人間を皆殺しにでもするつもりとか?」 「そうよ、私は同胞を道具のように使い捨て、虐殺した人族を絶対に許さない。人族なんて全員死ねばいいのよ」 ホクシアから放たれた純粋な殺意とふつふつと湧き上がる憤怒が、クレイズを突き抜けてゆく。 どんな言葉を投げかけたとしても、恐らく今のホクシアの耳には届かないであろう。 何故なら、彼女は復讐に囚われてしまっているから。 「…そう。それで、気の済むまで人を殺して、復讐を果たして…それでどうするの?」 「どうするって…そんなの決まっている。皆の無念を晴らして、悲願を果たしてそこでようやく胸に巣食う憎しみを取り払う事が出来るのよ」 「それで、本当に満足できると思うの? 復讐を果たした所で、その後に残るのは絶望と深い悔恨だけ。そんな事したって…いなくなった大切な人が、戻ってくる訳が無いのに、ね」 クレイズは何処か遠くを見つめるような…自らが胸の奥底へと閉じ込めてしまった記憶の断片を辿るようで。 そんな彼の双眸には、深い哀しみと悔恨の色が宿っていた。 彼が纏うのは、深い闇か…それとも絶望か。 何かを達観しきったような、何をも見透かしてしまいそうな眼差しが、ホクシアを突き抜ける。 「……っ、そんな事、貴方に関係無いわ。貴方に何が分かるって言うのよ…! 私の憎しみは、貴方には分からないわ」 「…分かるさ。大切な人を失った悲しみと、怒りは。復讐を果たしたその先に、何があるのかも…」 クレイズはそこで一旦言葉を切ると、先程までの飄々とした態度とは打って変わって強い意志を秘めた毅然とした面持ちになる。 その変化にホクシアは一瞬たじろぎつつも、相変わらず鋭い眼差しでクレイズを睨み付けたまま。 「本当はキミも、分かってるんでしょ? こんな事したって、最後に待つのは絶望と虚無感しかないって。憎しみを誰かにぶつける事で…かろうじて心のバランスを保っている事を」 図星を突かれたのか、それとも認めたくないのか。ホクシアは一瞬目を見開いた後、ぐっと唇を噛み締めて言葉を噤んでしまう。 反論できるだけの術を、今の彼女は持っていなかったから。 [*前] | [次#] |