零の旋律 | ナノ

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街をぐるりと取り囲むように吹き荒れる突風。
突如荒れ狂う突風が自然に発生したものではない事ぐらい、クレイズも痛い程分かっていた。
つまりは、誰かが意図的に発生させた魔術だという事。

街から逃れようと突風に近づいた者には容赦なくカマイタチが襲い掛かり、その身体を切り刻んでゆく。
さりとて、街の何処にも安全な場所がある筈もなく。

空から強襲してきた魔物達は逃げ惑う街の人々を追い立て、無慈悲な一撃で彼らの身体をただの肉の塊へと変えていった。
悲鳴が奏でるのは深い絶望か、苦痛か。

あまりの惨劇に言葉を失い、目を見開いたまま呆然とするクレイズ。
しかし、手を拱いて見ている訳にはいかない。

一際大きな悲鳴が聞こえたかと思えば、クレイズの視界の隅に映り込むのは足がもつれてその場に倒れ込む女性の姿と、そんな彼女に鋭い爪を突き立てんとせんばかりの魔物の姿。
クレイズは一瞬でそちらに視線を移せば矢継ぎ早に呪文を詠唱し、すぐさま魔術を発動。
彼の手の平から幾つもの光の矢が放たれ、それらは寸分の狂いなく魔物の身体を突き抜けていった。

魔物は絶命したらしく、その場に糸の切れたマリオネットのように力なく崩れ落ちる。
恐怖に足が竦む女性に手を貸して立たせてやれば、そのまま安全な場所を探して逃げるようにと促す。

この街で本当に安全な場所などあるかどうかは怪しい所だが…と心の中で呟いたクレイズに降り注ぐ、強烈な殺意。
言うなれば、背中にナイフの切っ先を撫で付けられたような…不快な感覚がクレイズに襲い掛かる。

ゾクッと背筋が凍り付くのを感じつつ、何とか平静を保ちながら殺気を放つ元凶を探そうと辺りを見渡す。
だが、彼がその姿を探す前に鈴のなるような透き通った声が辺りに響き渡った。

「一体何者よ…貴方。人族の癖に魔石がないのに魔法を使えるなんて…」

「…おっ、ついに親玉登場ってヤツ? にしても意外だねぇ、こんな可愛い女の子があんな物騒な魔物を従えてるなんてさ」

金色の輝く瞳が、クレイズを真っ直ぐ睨み付ける。
そう──先程飛行型の魔物に乗って何処かへ向かっていた魔族の少女、その人である。
どうやら彼女は、この街に向かっていたようだ。
その目的は、最早言わずと知れた事。

「…馬鹿にしないで。少なくとも、貴方より長い時を生きているわ」

「さぁ、それはどうだろうねぇ?」

クレイズののらりくらりとした態度が気に食わないのか、あからさまに不愉快そうに眉をしかめる少女──ホクシア。
それに気付いているのかいないのか、クレイズは相変わらず飄々とした態度でこう話を切り出した。

「…キミだね? 魔物に指示を送って人々を襲い、街を取り囲むように風の魔術を発動させたのは」

「だったら何だというの? 私にとって、人族は全て敵だわ」

金色の瞳に一切の迷いはなく、揺るぎない意志と殺意を宿したまま一歩も引き下がろうとはしない。
そんなホクシアの双眸を真っ直ぐ見据えながら、小さく溜め息を零すクレイズ。

「人族と魔族の確執は知ってるし、人族が魔族に対してどれだけ酷い事をしたのかも知ってる。…けれど、今こうして逃げ惑ってる人達が一体キミ達に何をしたっての? キミ達がしているのは、ただの殺戮に過ぎない」

「…今此処に、人族として存在している事が罪よ。我ら魔族に非道の限りを尽くした癖に、のうのうと平和に暮らしているなんて許せない。…そう、人族は1人残らず殺す」

今の彼女には、最早復讐と同胞の無念を晴らす事しか残されてはいない。
だからこそ、クレイズの言葉がホクシアに届く筈も無かった。

「…成程、自分が虐げられたのだから相手を虐げてもいい…って言いたい訳か。でも、そう簡単にやられてあげる訳にもいかなくてねぇ…って訳で、まずは街を覆ってる風の牢獄を何とかしないとね」

そう言い終わるなり何やら小声で呟けば、街を包み込むように巨大な魔法陣が生み出され、そこから淡い光が放たれる。
一体何事かと訝しげな表情を浮かべるホクシアをよそに、淡い光は突風と激しくぶつかり合った後相殺した。
それが連鎖して発生し、全ての突風をかき消せば役目を終えたように魔法陣もあっという間に消滅していった。

「どういう事…? 貴方の仕業?」

「…襲われるかもしれないって分かってて、何の対策もしない程僕は行き当たりばったりじゃないんでね。事前に魔術を仕掛けさせて貰ったよ。見ての通り、魔術を相殺するようにね」



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