T 「……そろそろ着く頃ね。私が、皆の無念を晴らすわ…!」 ゆったりと空を流れる浮雲、そして吹き抜ける爽やかな風。 長閑な小春日和に包まれた世界は、まさに平和を絵に描いたようだ。 しかし、そんな穏やかな蒼穹に浮かぶ、不穏な影。 おそらくは飛行型の魔物が巨大な翼を羽ばたかせ、その姿は地上に大きな影を映し出していた。 そして、それの後に付き従うように魔物達が群れを成しており、どうやら先頭を疾走する巨大な魔物が群れを引き連れているようだ。 さらに、先頭を飛ぶ魔物に搭乗する、一つの人影。 金色の長い髪が風に靡き、まるで絹糸が風に舞い踊るよう。 その人影は一見人間にしか見えない女性──というより、年端も行かぬ少女と言った方が正しいであろうか。 だが、そのあどけない顔つきとは裏腹に、彼女の双眸の奥には静かに燃え滾る昏い感情が見え隠れし、表情は落ち着き払ったもので幼い顔つきとのギャップを感じさせた。 さらに、その金色に輝く双眸から、彼女が魔族である事を示唆していた。 少女の冷え切った眼差しが捉えるのは、穏やかな空気に包まれた街並み。 その眼差しに憎悪の色が見え隠れしているのは、最早気のせいではあるまい。 彼女は街を見下ろしたまま、自分を乗せている魔物に指示を送り次第に下降を始めていった。 ◆◇◆ 「おのれ…何故この私が魔族風情に命を狙われねばならんのだ!? ええい、忌々しい」 「何でって言われても…そりゃ自分の胸に手を当てて考えてみればいいんじゃないの〜?」 「貴様…それはどういう意味だ!? この私を侮辱する気か?」 「いやいや、僕はあくまで事実をお伝えしたまでなんだけどねぇ」 ──所変わって、此処はとある街でも有力な権力者の屋敷内。 まるで権力を誇示するかのように煌びやかで豪華な建物は街でも一際目立っており、室内もそれに見合った豪華絢爛な装飾が施されている。 此処はその屋敷の一室、特に豪華の限りを尽くした部屋で、そこにいるのは恰幅の良い中年の男性と、彼を半ば呆れた様子で眺める青年の2人。 おそらくは中年の男性がこの屋敷の主人であろうが、彼は青年を睨み付けるなり八つ当たりに近い形で怒鳴り散らした。 「いいか、わざわざ護衛として貴様を雇ったのだから、何が何でもこの私を守るのだぞ、良いな?」 「そりゃ勿論。僕は引き受けた依頼は確実に熟すのがモットーだからねぇ」 しかし、青年と言えばあっけらかんとした態度で眼鏡を押し上げれば、その反動で青紫色のゆったりと結んだ三つ編みの髪が僅かに揺れる。 屋敷の主人が声を荒げれば荒げる程、青年──クレイズとの温度差は広がるばかり。 クレイズはそれでもギャンギャン喚く屋敷の主人を適当にあしらって放置しつつ、口元に手を当て思考の渦へと飲み込まれていった。 (此処最近、魔族の動きが活発化してるし…この屋敷の主が大量の魔石をかき集めて荒稼ぎしているのは有名だから、おそらくは魔族もそれは嗅ぎつけてるだろうね。だからこそ、身の危険を感じて僕みたいな冒険者に護衛の依頼をしてきたんだろうし) 魔石がどのような手段を用いて精製されるのか、勿論魔族達も知らぬ筈があるまい。 …否、知っているからこそ、人族への憎悪を募らせ街を襲うのだろう。 (…間違いなく、来る。魔石を取り返しに…同胞を助ける為に) そう心の中で結論付けると同時に、それは突然訪れた。 屋敷の外から飛来する騒がしい物音に、悲痛な人々の叫び声。 人々の叫び声に混じって耳に届いた魔物らしき咆哮に、クレイズの表情は一気に険しいものへと変貌する。 「…やっぱり来たね。しかも、屋敷だけじゃなく街そのものを襲おうなんて、やるねぇ。…ちょっとオジサンは此処で隠れてて。今の所、此処に居た方が安全だから」 「な、何だと!? 貴様、何処へ行くつもり…」 「ちょっと様子見てくるよ。わざわざ屋敷に居て魔族達が屋敷襲うまで待ってる必要も無いでしょ?」 必死に引き留めようとする焦りを孕んだ怒号を背中に受け止めつつ、クレイズは何処吹く風で部屋を後にし、足早に屋敷の外へと駆け出してゆく。 屋敷の外に出たクレイズの視界に広がるのは、まさに地獄絵図といっても差し支えない程痛々しく悲惨な光景であった。 [*前] | [次#] |