V 王族に公務はつきものだ。特にここ数日、シェーリオルのスケジュールは公務で埋まっている。そうでなかったらカサネも腕の立つ魔導師であるシェーリオルに『異世界』からやってきた護衛などつけたりしないだろう。 公共施設の孤児院へ慰問に訪れたシェーリオルは、子供たちに威圧感を与えてはならないという理由から祐未だけを護衛に連れてきた。形だけの短い慰問でしかないが護衛は女一人しかいないから狙われる可能性は高い。一日中シェーリオルの横にピタリと張り付いた祐未は帰りの馬車でピクリと片眉を跳ね上げた。柔らかい背もたれに寄りかかっていた身体を起こし窓の外を覗き込む。 シェーリオルが彼女に視線を向けた頃には彼女はすでに馬車を止めて外に出ていた。 「どうした?」 シェーリオルが尋ねる。祐未は彼と視線を合わせずに 「来る」 とだけ答える。シェーリオルも外に出ようとすると、彼女は視線を外に向けたまま手だけでシェーリオルを制した。 「お前は来んな」 靴底がレンガ道を叩くコツン、という音がする。ツバメの尾のように長くなった後ろ身頃が風に吹かれて大きくはためいた。 武器を持った男が二十人ほど馬車を取り囲むようにして立っている。銃や短剣、剣を持った暗殺者の集団を見渡した祐未は表情を動かさずに尋ねた。 「馬車の中身になんか用か?」 男の一人が答える。 「大人しく第二王子を引き渡せば、命を助ける……とはいわないが、苦しまないように殺してやるぞ」 祐未がツバを地面に吐いた。 「寝言言うなら寝てからいいな」 男たちが一斉に武器を構えて体勢を低くした。祐未は応戦の構えを取るわけでもなく腰に手をあてた状態のまま首を傾げる。 見かねたシェーリオルが馬車の扉に手をかけた。 「俺も出る」 だが、扉の前に陣取った祐未は微動だにせずに言葉だけで彼を制する。 「あたしがやんなきゃ意味がねぇ」 シェーリオルはデルフィニ王家の第二王位継承者であると同時に腕の立つ魔導師でもあるから、本来あまり護衛を必要としない。それでもカサネが今回祐未をシェーリオルの護衛としたのは、シェーリオル側は凄腕魔導師の彼をも凌ぐ『護衛』をいつでも用意することができると敵対勢力に誇示するためだ。それにはシェーリオルが動いては意味がない。彼が動かずとも敵を一掃できる護衛の存在こそ、暗殺に対する一番の抑制になる。 祐未もカサネに直接言われたわけではないだろうが、この手の仕事が多い彼女のことだ。自分が最優先で果たすべき役割を恐らく感覚で理解しているのだろう。 彼女はシェーリオルを馬車の中に閉じ込めたまま、腕をまっすぐに伸ばしてパチン、と指を鳴らした。口元がニヤリと不敵に歪む。 「Are you ready?(準備はいいか?)」 胸元に飾られた青い魔石が淡い光を帯びた。護衛役というからシェーリオルはてっきり戦闘補助のために使うのだと思っていたのだが、どうやらあらかじめ短い詠唱で簡単な魔導を発動させるように設定されていたらしい。そうなれば、発動するのはおそらく戦闘補助ではなく日常生活で使うような魔道だ。 シェーリオルの予想通り青い魔石から攻撃的な魔導が出ることはない。どうやら発動するのは音声録音の魔導だったようで、彼にも聞き覚えのある男の声が魔石から再生される。 ――March Hare! Time for Mad tea party!(お茶会の時間だ、三月兎!) 祐未の上司であるテオ・マクニールの声だ。再生された声を聞いた瞬間、祐未がぶるりと身体を震わせる。エビのように勢いよく身体を仰け反らせ、自分の肩を掻き抱くようにして大きく吠えた。 「あぁああああああああああああぁあああああああああぁあっ!」 黒かった髪が徐々に色を無くしていくのは圧巻だった。それと同時に肌が、髪同様色を無くしていく。透き通るように白くなった彼女の髪と肌が空の色を反射した青い影を作った。色を無くしていく髪と肌とは逆に、目は血のように紅く変化する。ギラギラと光る紅い目が左右に激しく揺れ始めた。この状態ではおそらく見えていないだろう。 目が揺れている以外、祐未の状態は――彼女の上司だというテオ・マクニールとまったく同じ外見的特徴を示している。焦点の合わない紅い瞳で敵を睨み付けた祐未は、武器を構える男たちに向かってニィッと笑って見せた。正確には、縄張りを荒らされた犬が歯をむき出しにして威嚇するのと大差ない表情だ。シェーリオルは笑っているのだと思ったが、本当はただ相手を威嚇しているだけなのかもしれない。ここで初めて体勢を低くした彼女は多数の敵を相手に微動だにしなかった時の面影など微塵もない、野性的で野蛮な雰囲気を身に纏っていた。 野生の獣。 例えるならば、それが一番しっくり来る。シェーリオルはぐるりと取り囲む敵にいくらなんでも彼女一人では不利だと思っていたが、祐未は彼の考えなどお構いなしにすぐさま大地を蹴った。 「ぎゃぁぐっ!」 言葉にならない雄叫びを上げて白い獣が男二人の頭を地面に叩きつける。ゴシャリと音がして道を舗装していたレンガが割れてジワリと赤い水が広がった。祐未の動きを捕らえられなかったらしく武器を持った男たちが一瞬ひるむ。獣はその隙を見逃さず手前にいた男に足払いを喰らわせた。バランスを崩した男が盛大に転ぶと祐未の足が彼の頭を踏み抜く。またゴシャリという音がした。男は首から上が不自然に歪んだ赤い固まりに変化して、グタリと力なく地面に転がったまま動かなくなる。その後ろにいた男に体当たりを喰らわせて転ばせると、獣が懐から銃を取りだし、構える。男たちが所持しているものよりも口径が大きい銀色の銃で無骨な形をしていた。二十七cm弱ある銃口から飛び出した4cmの弾丸が転んだ男の頭をはじき飛ばし、銃のグリップが飛んできたナイフをはじき飛ばす。シェーリオルは獣じみた雄叫びをあげる少女が銃を使えることに驚いた。棍棒で殴られたスイカのようにぶちまけられた肉片を踏み越えて、獣が立て続けに三発の銃弾を撃ち放つ。一つは剣を持った男の腹部に大穴あけ、一つは銃を持つ男の腕を吹き飛ばす。銃のグリップで男を一人殴りつけると彼はすぐさま地面に倒れる。ゴキリと妙な音がしたので、首の骨が折れたのかも知れない。獣が右手に銃を持ったまま左手だけで倒立し両足で二人の男を蹴りつけた。面白い程次々と暗殺者たちが倒れていく。 なるほどカサネが王族の護衛を依頼するはずだ。身体能力に関してはアーク・レインドフと良い勝負だろう。 「くそっ! 化け物がっ!」 暗殺者の放った銃弾が祐未の腕を掠める。アームウォーマーが破けて白い肌から血が噴き出す。グルリと首を回して男を見つけた白い獣がニタリと笑い大地を蹴った。自分を傷つけた男との距離を詰める間に両腕が敵を殴りつけて次々になぎ倒していく。負傷しているとは思えない動きだ。腕から吹き出した血が彼女の後を追うように空中で線を描く。男が発砲したもう一発の弾丸がまた彼女の腕を掠める。両腕から血が噴き出したが白い獣は止まらない。 「死にくされぇぇええええええあぁああああああああああああああ!!」 彼女が色を忘れてから初めて話した人の言葉は物騒で、半ば雄叫びじみていた。力の入らない両腕のかわりに叫んだばかりの口が男の喉笛に食らいつく。ブチリとなにかのちぎれる音がして、あたりに赤い水がまき散らされた。噴水のように飛び出した赤は鉄の臭気をまとってあたり一体を汚す。血溜まりの中に立っている祐未がゆっくりと深呼吸をし、その度肌と髪に色が戻っていく。目が赤から黒に変化していき、やがて激しい眼球の揺れも収まった。 敵がすでにいないことを確認したシェーリオルが馬車から飛び出すころには、すでに見慣れた祐未が口や腕から血を垂れ流しながら立っていた。 「傷を見せろ! 今治療するから」 黒髪黒目に戻った祐未が真っ赤な口元をそのままシェーリオルに視線をよこす。 「できんのかよ」 「魔導だよ。城についたらすぐ治癒術師を呼ぶべきだ。俺は専門じゃないから治りが遅い」 祐未がシェーリオルに血の流れた腕を掴まれ、馬車の中に引っ張られる。椅子に座らされるやなや淡い光をともなう治癒術が施され、腕の痛みが引いていく。最初こそ痛みに眉をひそめていた祐未は、やがて不思議なものを見るようにレンズ越しの瞳で淡く光るシェーリオルの魔導を見つめ続けた。 「なんでもできんだなー」 「そんなわけないだろう」 「でも傷も治せて攻撃もできんだろ。録音もできるし灯りもつくし、最強じゃん?」 「俺からしたら、そっちの技術力のほうがすごいけどな」 「すっげぇ金かかるんだぜ。手間もさ」 「こっちだって同じだよ」 「キラキラした宝石使うんじゃねぇんだもん。デッカイ機械とか歯車とかさ。音がうるさかったり汚かったり、手入れ大変だったり」 「こっちのほうがいいって?」 「簡単だし綺麗じゃん」 「思ってるほど綺麗でも、簡単でもないんだけどな」 「そうなの?」 「そうだよ」 じわりじわりと塞がっていく傷口を祐未が大人しく見つめている。黒い瞳が淡い光を吸収してキラキラと輝いた。シェーリオルは塞がっていく傷口を見つめて魔導を注ぎ続けている。馬車がゆるやかに走り出す。城に入ってから憲兵やカサネに連絡して、すぐさまあの暗殺者集団のことを調べて貰うことになるだろう。これからバタバタするなとシェーリオルは思った。 「……あんたも綺麗だから、使ってるうちに綺麗になるもんなのかと思った」 祐未の言葉に驚いてシェーリオルの身体がぐらりと傾く。慌てて祐未を見ると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。自分がなにを言ったのか解っている様子はなく、シェーリオルは思わずため息をつく。 「魔導の影響で、人間の外見が変化するなんてことはありえないよ……」 「あ、そうなの。なんだ」 腕の痛みが引いてきたらしい祐未が足をブラブラと揺らし始めた。シェーリオルが大人しくしていろ、と足を押さえるとつまらなそうに口を尖らせたあとで言う通り大人しくなる。祐未の口周りについた赤黒い汚れはすでに固まりかけていた。ハンカチを放ると、祐未がしぶしぶといった感じで口の周りを拭く。それが子供らしくてシェーリオルは思わず笑った。 「思ってるほど、綺麗じゃないんだけどな」 「そうなの?」 「そうだよ」 首を傾げた祐未はシェーリオルの言葉が何に対してのものか理解していないかもしれない。シェーリオルはある程度塞がった傷口への治癒行為をやめ、自分も深々と椅子に腰掛けた。 ------ 都神ナナエ様にシェーリオル(Fragment)と祐未さんのコラボ小説を書いていただけました! 美味しすぎる展開に何度も繰り返し拝読してはニヤニヤと怪しさ全開でいます。 祐未さんがリーシェを守る姿、凛々しくて勇ましくて強くてかっこよさに溢れています…!祐未さん無双! そして戦闘描写が臨場感溢れていてカッコいいです…! シェーリオルが祐未さんに治癒術をかける場面の会話に御馳走様です。 祐未さんの『「……あんたも綺麗だから、使ってるうちに綺麗になるもんなのかと思った」』の台詞にキュンときました← この度は書いて下さり有難うございました。 [*前] | [次#] |