零の旋律 | ナノ

都神ナナエ様から「アレックス・ラドフォードの多世界見聞――汝の敵を愛せよ――」


※ホクシアとアレックスさんとのコラボCP



「やあ、たしかホクシア君だったかな? 奇遇だね!」

 夜の町角でホクシアに声をかけてきたのは、先日偶然知り合ったアレックス・ラドフォードという『人間』だった。その時は黒ずくめの不思議な服装をしていたのだが、今回は町を歩いていても不自然ではない、むしろ上等な布をふんだんに使用し貴族のような装いをしていた。強い意志の宿ったアクアブルーの瞳がまっすぐにホクシアを見据えている。つい先ほど貴族の屋敷に捕らわれていた魔族を解放するため辺り一帯を魔法で焼き払ってきたホクシアは眉をひそめた。町一帯は火事で大騒ぎをしている。アレックス・ラドフォードという男の性格をホクシアが正しく理解しているとするなら、彼は率先して火に巻き込まれた人の救助や消火活動に協力しているはずだ。それとも今回の騒ぎはホクシアが犯人だと睨んで捕らえに来たのだろうか。だとしても魔法の使えない人間ごときに負けるつもりは毛頭ないけれど。

「なんのよう?」

「いや、用というほどのことでもないがね……顔見知りを見たら話しかけるのが普通だろう?」

「あいにくだけど私は忙しいの」

「逃げているからかい?」

 ホクシアが睨み付けるとアレックスが肩を竦ませた。敵意や殺気はないようだったが、もしや本当にホクシアを犯人と見て捕らえに来たのだろうか。彼女が手に持った刀を構えるとアレックスはポケットに手を入れたまま苦笑して見せた。どうやら敵対する意志はないようだ。このまま町を離れようと刀をアレックスに向けたままじりじり後退する。アレックスはつきつけられた刀をまっすぐに見つめていたのだが、アクアブルーの瞳をツイとホクシアから外し大通りのほうに視線をやった。

「誰か来るね」

 確かに、バタバタと複数人の足音が聞こえてくる。ホクシアもそちらに一瞬だけ視線をやった。おそらく、貴族の屋敷を燃やしたのが魔族の魔法だと判断した人間たちが犯人を捜しているのだろう。近づいてくる気配にはわずかに殺気が混じっている。別に人間が何人こようとホクシアの敵ではないのだが、他にもまだまわらなければいけない町がある以上ここで時間を食うわけにはいかない。魔物を呼べばすぐこの場から離れられるだろう。心の中で脱出の算段をしているホクシアの腕を、アレックスが掴んだ。足音と算段に気を取られていたせいもあるだろうが、手に持っていた刀を素早く鞘に戻され、武器が大通りから見えないような形で壁に押しつけられた。暴れようにもアレックスが覆い被さるようにして体を押しつけてくるので体格が違いすぎるホクシアには抵抗のしようがない。やはりアレックスも犯人を捕まえるつもりだったのか。魔法を使おうとしたホクシアの耳に大通りからやってきたであろう男の声が聞こえた。

「おい! 魔族を見なかったか!?」

「……なんとも、野暮なことをするじゃないか」

 頭上から振ってきたアレックスの声は、先ほどのうって変わり驚くほど冷たいものだった。

「女性を口説いている最中に物騒なことを聞かないでもらおう。すっかり脅えてしまっているじゃないか」

 アレックスの腕がちょうどホクシアの顔を隠すように移動する。大通りからやってきた男は二秒ほど沈黙してすぐに派手な舌打ちを響かせる。

「チッ、この大変な時に貴族ってのは結構なご身分だな! いつ魔物が出てくるかもわからねぇんだ、とっとと家にでも宿にでも帰っちまえ! まぎらわしい!」

「そうするよ」

 どうやら男はアレックスを貴族と勘違いしたようだ。そして、ホクシアをその貴族に口説かれている【人間の女】だと思ったらしい。バタバタと足音が通り過ぎて行って、アレックスの腕がホクシアから離れた。彼は故意にホクシアを抱きしめるような体勢を取り、逢瀬を楽しむ恋人同士のような態度で町の人間をやり過ごしたのだ。頼んでもいないことをされたホクシアは不快感に眉をひそめる。魔族であることを誇りに思う彼女にとって人間に借りを作ることも、自分が人間に間違われることも、そして人間と恋人同士だと思われることも、すべてが不愉快だった。

「……なぜ助けたの」

「君を彼らに引き渡しても正当な裁きが下るとは思えないし、君を捕らえようとしたら彼らは怪我ではすまないかもしれなかったからね」

 それは遠回しに、自分ならホクシアを捕まえられると言っているのだろうか。ただ真っ直ぐなだけのアクアブルーからは自信こそ読み取れたが、ほかには何を考えているのかまったくわからない。不愉快そうにしているホクシアが礼をしなくてもアレックスは気分を害したようすはなかった。先ほど男に向けて発した冷たい声とはまったく違う、いつも通りのやたらと良く通る声で彼は言う。

「ただ、感心しないな」

 主語がない言葉はホクシアが自身の行動を鑑みる限り、貴族の館に火を放ったことだろうと推察できた。

「なにが? 先に魔族を捕らえて良いように使っていたのは人間達のほうよ」

「彼のやり方は私も気にくわなかったよ。だが君は、この町の人間全てが火に焼かれてもいいと思っていただろう。火を放った範囲こそ貴族の館だけだったが、あの勢いでは町全体が焼け野原になっても不思議ではなかった」

「当り前よ。私達がどれだけ虐げられてきたか貴方にはわからないでしょうけど」

「それが、町全体を焼け野原にする理由になるのかい?」

「私達は魔族だというだけで奴隷のような扱いをうけたり、迫害されたり、殺されたりしてきたわ」

「この町の人間が君にそういう行いをしたのかい?」

「……どういう意味よ」

「君が正当な復讐であると主張するその行為は、本当に正当な復讐であるのかと聞いているんだよ」

「さっきの男を見たでしょう。私が魔族だとわかったらあの男、きっと殺す気で襲い掛かってくるわ。まあ、私が手こずるわけもないけれど」

「それはそうだろう。【魔族】の君が、彼の町に火を放ったんだ。自分の住む場所を攻撃されれば誰だって怒るよ」

「だから私達魔族がそれを先にやられたのよ!」

「彼にかい?」

「人間によ!」

「そうか。君は魔族が【人間】に迫害されたから、魔族も【人間】すべてを迫害する権利があると主張するんだね?」

「ただの自己防衛よ。やり返しているにすぎないわ」

「ならば、これから先【人間】が【魔族】に攻撃されたからといって、【魔族】を迫害してもそれは自己防衛ということになるね」

「……なんですって?」

「君の言っていることは、そういうことだよ」

「私が、魔族を守るためにこうしているの! 先に仕掛けてきたのは人間よ!」

「……この町で、生まれたばかりの子供が……」

 唐突に話が変わったので、ホクシアは思わず首をかしげた。アレックスの青い瞳が、先ほどよりはるかに強い力でホクシアを射貫く。

「この町で生まれたばかりの子供が今回の火事で親を亡くし、魔族を恨んで君と同じ言葉を発したとしても君は先に仕掛けてきたのは人間だと、そう言えるのかい? 歴史を知らぬ無知な愚か者だと言うのかい? 残念ながらホクシア君、その子にとっては確実に【魔族が先に仕掛けてきた】んだよ。その子が【魔族】全体を憎んで、たとえば実行犯の君ではなく他の【魔族】を恨み、殺したとしても、君の言い分でいえばそれは正当な復讐なんだろうね」

「……ッ!」

 パチン! と大きな音がする。大きく振り抜いたホクシアのてのひらがじんじんと痛んだ。アレックスの右頬が赤く腫れている。頬を張られたというのに、けれど彼の表情は真っ直ぐホクシアを射貫いた時のまま微塵も変わっていなかった。ただアクアブルーの瞳がホクシアを真っ直ぐに見据えている。

「わかったような口を聞かないで。なにもしらないクセに」

「知らないよ。きっと私以外の『人間』も知らないだろうね。知ろうとしても君が教えようとしないのだから」

「まだそんな減らず口を……! 理解しようとせずに先に攻撃してきたのは人間よ!」

「誰かが止めなければ、その言葉はいつか裏返しになって君か、あるいは君の子供や孫に返ってくるよ」

「だから虐げられる仲間を黙って見ていろというの? そんなことできるはずがないわ!」

「恨むなら『人間』ではなく『悪人』だと言っている。君が人という生き物全体を敵として見なす限り、人も魔族という生き物全体を敵としてみなし続けるだろう。解り合う機会をお互いにつぶし合っているのだから永遠に和解できるはずがない。そうなればいつまでたっても君たちの戦いは終わらないだろうね」

「大きなお世話よ!」

 ホクシアがアレックスに背を向け町の郊外に向かって歩き出す。彼は追ってこなかったが、代わりによく通る声がホクシアの背中にまとわりついた。

「君が『人間』に抱いた憎しみは、いつか『魔族』に跳ね返ってくる」

「それでも私は、人間を許す気なんてないわ」

 バサバサと大きな羽音が聞こえる。ホクシアの眷属である翼竜だ。彼女はそれに飛び乗ると、アレックスに視線を向けないようにして一気に空高く舞い上がった。

 あの男はこの世界のことを知らないから、そんなことが言えるのだ。

 空から見下ろした町は、『すでに消火作業が完了し、被害が最小限にくい止められた』状態で静かに佇んでいる。アレックスの服の裾がすこし焦げていたことを思い出して、ホクシアはきっと彼が協力したのだろうと思う。

 敵を愛せなどと寝ぼけたことを言う人間に借りを作ってしまったことが許せなくて拳を握りしめたホクシアの小さい後ろ姿を、残酷な正論を振りかざし続ける『番犬』がただじっと見つめ続けていた。



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同盟にて、ナナエ様にアレックスさんとホクシアのコラボCP小説を書いていただけました!

素敵な物語りに、もう既に何度も繰り返し拝読してはニヤニヤを繰り返しています!
アルさんがホクシアを抱きしめている場面大好きで、抱きしめている場面が好きすぎて、アルさんがそう言った行動をとった原因の男に思わずナイスだ!と心の中で叫びました^^
アルさんのかっこよさに終始惚れ惚れしながら拝読していました!アルさんとホクシアの会話がたまりません…!

この度は素敵な小説を有難うございました。

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