昏様から「涼夏爽爽」 涼夏爽爽 太陽光を存分に含んだ生暖かい風が、申し訳程度に開かれた窓から流れ込んでくる。俯せた木のテーブルもいやに熱い。 佳弥は溜息をついた。透き通るようなプラチナブロンドが机に投げ出されている。エメラルドの瞳は暑さのせいで、ぐったりと力なくうつろになっていた。 うっかり紛れ込んでしまったニホンという場所は、まさに夏の只中だそうで。暑さが苦手と自認している佳弥にとっては運がないというほかなかった。 「生きているかい?」 「……んー?」 だから突然後ろから話しかけられたとき、佳弥は振り向く余力すら絞り出せなかった。大体、話しかけてきた人物も解っていたことだし。 「おいおい、本当に大丈夫なの? 君がそんなに緩慢な反応をするなんて、滅多なこともあったものだ」 案の定、ひょいと正面に回り込んできた顔はグリコのものだった。夜空に似た青色の髪が、傾げた首に沿って流れる。佳弥は笑い返すわけでもなく、机に倒れ込んだ姿勢のままぴくりともしなかった。 「ここは……暑いね、本当に……」 「うーん、特に今日は猛暑日だそうだからね。運が悪かったとしか言いようがない」 「……信じられるかい? 久しぶりに友人のもとに来られたかと思えば、この……仕打ち……」 「ごもっともだ」 グリコは軽快に笑った。こちらは切実なのに! ――と、佳弥が不満げに目を細めたとき、 「だからそんな佳弥に、差し入れを買ってきたよ」 目の前に差し出されたのは、水色で透明なガラスの瓶。どうにも不思議な凹凸をしている。佳弥の住む世界では見慣れないものだった。 「なんだいそれは?」 「ソフトドリンクだよ。簡単に説明すれば、そうだな、ソーダ飲料というやつ」 「ふうん?」 何やら興味深げ、かつ涼しげであったので、佳弥はとうとう起き上がりその瓶を手に取った。なるほど、これは冷たい。氷水にでも漬けられていたかのようだ。 「おお、素晴らしい。冷たいね」 「そうだろう」 「で、どうやって飲めばいいのかな? ここに入っているガラス玉が飲み口を塞いでしまうようなのだけれど」 「そうそう、こうやってね」 グリコはまた佳弥の手から瓶を受け取ると、机の上にそれを置き、ふたにくっついていたプラスチックの出っ張りを器用に使い、ガラス瓶の口から下へと圧力をかけた。ぷしゅ、と涼しげな音が上がる。同時にこぼれだすソーダ水。 「おお!」 「これでこのビー玉はくびれ部分まで落下しただろう? こうしてしまえば、つつがなく飲むことができる。見目にも涼しく、飲んで涼しい。ニホンの夏の風物詩さ」 再びすすめられ、佳弥は瓶を手に取る。今度は問題なく飲むことができた。はじけるソーダ水が爽やかに喉を潤していく。思わず意味もない声が漏れだすほどに、乾いた佳弥の身体はそれを欲していたようだった。 「おいしい! これはおいしいよ、グリコ!」 「ああ、お気に召したようで何よりだ」 「うーん、ああ、なんだか涼しさを思い出してきた……」 ごくごく。満足げにソーダ水を味わう佳弥を、グリコが微笑んで眺めている。視線をずらせば目があって、なんとなくおかしかった。 「ああ、おいしかった……。君は僕の命の恩人だよ」 「本当かい、それは嬉しいね。王子様の命を救うなんて、なかなか出来たことじゃあないよ」 「なんならもう二、三度、救わせて差し上げても構わないね」 「これが飲みたいならまた夏に来るといいよ。そうしたら、干からびた佳弥を救い出すナイトを仰せつかろう」 「……ぷ」 「ふふ」 二人は同時に吹き出した。なんとなくで合ってしまう波長が、テンポが心地良い。 「そうだ、グリコ。このお礼に何か君の言うことを聞こう。なんなりと」 「ふむ。佳弥にお願いができるなんて、悩んでしまうね」 「何でもいい」 「それじゃあこうしよう。今夜、天体観測にお供を頼む」 「解ったよ、わが友よ」 「ありがとう! 楽しみだ」 佳弥は満足げに頷くと、ガラス瓶を机に置き立ち上がった。 からん、と涼しげな音がひとつ。 終 --- 昏様宅の四万打フリリク企画に「佳弥(D×S)とグリコさん(昏様宅のお子さん)のコラボでほのぼの」をリクエストさせて頂きましたら、こんなにも素敵な男装少女の物語を書いて下さりました…!! グリコさんのナイトっぷりに終始萌えていました。グリコさんかっこよすぎます! 佳弥とグリコさんがその場にいるだけで輝いているような場面が脳裏に浮かんできます。 暑さに弱い佳弥が可愛かったり、ラムネの描写の流れが綺麗で読んでいて涼しくなれます…!! この度は書いて下さり有難うございました。そして、四万打おめでとうございました! [*前] | [次#] |