零の旋律 | ナノ

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 ◇テオ・マクニールは他人に脅え他人に恐怖し身を守るために周囲を傷つける

「わわっ、なんですか? 地震?」

 腹に響く重低音に驚いたようにリアトリスが声をあげた。近くにいたカトレアの手をしっかりと握り、いつでも避難できるように準備しているあたり、口でいうほど同様していないのかもしれない。低い地響きとともに地面が一瞬だけ揺れたが、それはすぐに収まり数秒後には静寂が戻ってきていた。部屋が傷ついた様子もなく、揺れも一瞬。それでもすぐさま従業員が駆け込んでくるあたり、さすがは最高級ホテルと行ったところか

「首都郊外で大規模な爆発と火災が発生したようです! なんらかのテロの可能性もありますので、確認ができるまで外出は控えて下さい!」

「ええ!?」

 シャーロアが驚愕の声を上げる。リアトリスがカトレアの手を、ますます強く握った。テオがなにげなく窓の外を観察すると、なるほど確かに郊外で煙があがっているようだった。彼はかすかに眉をひそめる。

「しかし、あの方角は……」

「例の縫製工場があるあたりだな」

 言葉を引き継いだのはシェーリオルだ。彼はうっすらと笑みを浮かべたままテオを目を合わせ、肩をすくめる。

「こりゃあ、派手にやらかしたかな?」

「とりあえず、彼らの到着を待ちましょうか

 無表情のままカサネが言った。あれが彼らの仕業なら、三十分もすればここに戻ってくるはずだ。その意見にはテオも同意する。しかしあれが彼らの仕業なら、なぜあれほど派手な騒ぎを起こす必要があったのか。なるべく慎重に、事を大きくしないようにと厳重に注意したはずだ。それを無視したのであれば多少の小言は覚悟してもらわねばなるまい。それはカサネも同意見のようで、無表情のなかに微かな苛立ちが見て取れた。一方のシェーリオルはなにを考えているかわからない薄ら笑いを浮かべていて見ているとイラつく。女子組はそもそもそういうことには最初から無関係だし、考えることもしていないようだった。
 彼らが待ちわびる実行班の帰還は、それから時計の秒針が時計を何周かしたあとのことだった。
 扉が開いて見知った顔が姿を見せると、真っ先にリアトリスがにこりと笑みを浮かべて毒を吐き出す。決して迎えの挨拶でないあたりが至極彼女らしかった。

「あ、主! 汚水臭いですね。とってもお似合いです!」

「うるせぇ」

 話し掛けられたのはすでにいつもの服装に着替えているアーク・レインドフだ。彼はなれているのかさして表情も変えず返答してドサリとソファに腰を落とした。続いてヒースリアと祐未、ラディカルが入室し、少し遅れてヴィオラが入ってきた。彼の姿をみて、リアトリスやカトレア、直樹とのティータイムを楽しんでいたシャーロアが驚いたような声をあげて立ち上がる。

「お兄ちゃん! なんでここに!?」

「いや、偶然こいつらと会って……元気そうだな」

 再会を喜ぶ兄弟を尻目にアレックスが入室すると、扉を閉めてにこりと笑って見せた。

「一段落ついたよ! 主犯の男は予定通り捕らえて憲兵に引き渡してある。工場の爆破騒動が収まったら、話を聞いてみてくれ」

「……捕らえたのは一人か?」

 テオが問うと、アレックスが困ったように苦笑する。

「ああ、すまない」

「理由を話せ」

「主犯の男を攻めれば吐くだろうが、おそらく帝国へ魔族を売っていたのは資金源調達のためで、本来の目的は巨大な魔石の製造だ。地下に製造機らしきものがあった」

「それで」

「だから、壊してきた」

「……なんだと?」

 アレックスの吐き出した言葉が信じられずにテオは目を見開いた。しかしアレックスはどこ吹く風だ。

「あんなものはないほうがいい。今まで見た中で、最悪の代物だった」

「……っ、バカかお前は!」

 無表情でアレックスに言われて、テオの頭に血が上る。思わず胸ぐらを掴んでも案の定彼は眉一つ動かさなかった。それが余計、テオの癇にさわる。

「そんな個人的な感想はどうでもいい! お前がどう判断しようと勝手な行動はとるな! よりによって貴重な情報源を、よくも破壊してくれたな! 巨大な魔石の製造など他に類をみない試みだぞ! 失敗するにしても、その課程でどれほど貴重なデータが得られると思ってるんだ! それをただ感情にまかせて破壊しただと!? 貴様よくそれで軍人をやってこれたな! お前にとって最悪でも、俺にとっては貴重なデータの塊なんだぞ! 魔族の血を大量に集めるだけでも今は相当手間がかかるのに、それを、破壊した!? 金だけを積んで手に入れられる情報ではないんだぞ! そこに蓄積された分のデータを新に集めようとおもったら、どれだけの時間と金と人手が必要だと思ってるんだ!」
 
 恐らく魔族であろう金目の少女が不快そうに眉をひそめたが、テオの知ったことではなかった。今彼はひどくイライラしていて、他人を思いやる余裕などない。もっとも、頭に血が上っていなくても彼は他人に配慮などしたりしないのだが。それよりも目の前のバカな男をどうにかしてやりたい。テオにとって現在の最優先事項はそれだった。この、どう考えても自分の行いを反省していない男に、自分のやったことがどれだけ愚かで代逸れているのか思い知らせてやりたい。アレックスの胸ぐらを掴んだままテオが歯軋りしていると、背後から小さな声が聞こえた。

「……なんでだよ」

 見覚えのない、眼帯をした少年だ。彼はとても哀しそうな、あるいは苦しそうな目でテオを見て、小さく呟く。

「魔族にだって感情はあるのに、血を抜かれたら痛いし、酷いことをされたら哀しいし悔しいのに、なんでそんな――物みたいに扱えるんだ。お前も、あの工場にいた奴らだってそうだ。なんでだよ。同じ種族じゃないからか?」

 よく見ると金目の少女や眼帯の少年だけでなく、おそらく兄妹なのであろううす水色髪の二人組もテオを睨み付けている。けれど生憎、テオはそんなことで怖じ気づく性分ではなかった。むしろ彼らの視線に苛立ちが募る。

「魔族だろうが人族だろうが関係ない! 俺にとっては全て貴重な情報サンプルだ! 人種差別なんて珍しいことじゃないんだからいちいち騒ぐな!」

「差別、『なんて』……だと?」

 眼帯少年が眉をひそめる。金目の少女は相変わらずテオを睨み付けていたし、シャーロアとその兄であろう男も眉をひそめ、さも不快だといわんばかりにテオを睨み付けた。

「それよりも魔石製造機だ! アレックス! せめてデータの抽出くらいはしたんだろうな!? めぼしいデータがあれば持ってこいと事前に言ってあったはずだ! まさかそれさえしなかったのか!?」

 珍しく声をあらげてしまったという自覚はあった。しかし、それほど貴重な情報源をみすみす逃したとあっては、なんのためにカサネに協力したかわかったものではないのだ。これではただ働きどころの騒ぎではない。なにも言わないアレックスの胸ぐらを掴んだままテオがこれでもかというくらい声を張り上げていると、ふいにアレックスの手が、ぽんと軽く彼の肩を叩いた。眉をひそめて哀しげな表情を作ったアレックスは、テオの目をまっすぐに見ながら言う。

「いいすぎだよ」

「なにが!」

 低い、苛立ちを露わにした声でテオが言った。

「彼らにいった言葉だよ。当事者に、差別『ごとき』という言葉はあまりにも無神経だ」
「何を言い出すかと思えば……! 事実を言ったまでだ!」

 それでもアレックスの目は哀しげな色のままテオに注がれている。思わず彼は、盛大に舌打ちしてしまった。

「人は他人を攻撃して優位に立つことで快感を得るんだ。ミルグラム実験では62.5%が実験を最後まで続行している! 人は自分に責任が発生しないのであればたとえ人が死のうとどうだっていいんだ! スタンフォード監獄実験の話はお前も知ってるだろう! 権力を持つ人間と持たない人間が一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなる! 役割を与えられると、その役割に応じて人格が変わるんだ! 実験に参加した被験者は全員人格障害などない普通の人間だった! 魔族と人族だろうが白人と黒人と黄人だろうが教師と生徒だろうが看守と囚人だろうが関係ない! 目の前に抵抗できない脆弱な存在が転がっていたら、自分の行動がすべて罪に問われないのなら、理由なんてなくても他者を攻撃するのが人間なんだ! アドルフ・アイヒマンは妻の誕生日に花束を送るような平凡な人間だった! それがユダヤ人収容所の最高責任者の実態だ! 同じ種族じゃない? 肌の色が違う? 相手が犯罪者? 宗教の相違? そんな理由なくたって、人は人を傷つける! いいか、これは純然たる実験結果であり、歴史が証明している事実だ! 差別なんて人間に備わっている加虐性の副産物にすぎん! 人間だけじゃない、どんな生物だって他者に対する加虐性を備えている! そうでなければ生存競争に生き残れない! 他者に対していつでも攻撃できるようでなければ自分が攻撃された時に死んでしまうからだ! 生物の本能をさも悲劇のように語るな、無知な愚か者どもが!」

 これだけ叫んでもアレックスは眉一つ動かさない。もうなにを言っても無駄だと判断したテオは、彼の胸ぐらを掴んでいた手を放し、棒立ちになっている祐未を睨み付けた。睨み付けたというよりは、アレックスを睨み付けていた表情のまま祐未のほうを向いた、と言ったほうが正しい。ばちりと目があった祐未はテオが次になにをいうのか勘付いたらしく、口をへの時に曲げて頭を掻いた。

「いくぞ祐未っ! 今から工場跡を確認してくる! これでデータがまったくとれなかったら一ヶ月の減俸くらい覚悟してもらうからな、アレックス!」

「ああ。甘んじて受けよう」

 アレックスが返事をすると同時に、テオは勢いよく扉を閉めた。

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