零の旋律 | ナノ

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 ◇ラディカル・ハウゼンは絶望にもがき幾度も僅かな希望に縋る

 部屋の奥には続き部屋があって、低音の機械音はどうやらそこから聞こえてくるようだった。小さな扉をくぐると、またむせ返るような血の臭いがしてくる。先ほどまでいた部屋も血の臭いで満たされていたのにこの部屋でも臭いがするということは、この部屋は大部屋よりも血が流れているということだ。さらに大部屋のほうではしなかった、タンパク質の腐ったような臭いがあたりに満ちている。

「……魔族の死体でもあるのか?」

 アークが首を傾げる。彼の前を歩いていたラディカルは思わず足を止めてしまった。するとそれに気づかなかったらしいアークが彼の背中にぶつかり、少しだけよろめいて口をとがらせる。

「なんだよ眼帯君、急に止まるなよ」

「気づかなかった主も始末屋としては致命的なような気がしますが。ボケですか?」

「ちがう! 断じて違うぞ!」

「……あれ……」

 背後で緊張感のない会話を繰り広げるアークとヒースリアの声を聞きながら、ラディカルは前方を指差した。巨大な機械がゴウンゴウンと低い駆動音を響かせて動いており、そのすぐ横にある手押し車には魔族の死体が、ゴミか荷物のように、無造作に積み上げられていた。ぐったりとして動かない肉塊の目は濁りきり、白い膜が張っているものもあれば、下で押しつぶされている死体の中には目玉が腐りおちてしまっているものもある。そのどれも例外なく魔族であり――血を抜かれていた。目線を横に移せば寝台と医療器具らしきものがあり、そのどれもが赤黒く染まっている。ここで血を抜いていたのだろう。

「巨大な魔石を作ろうとしていたようですね」

 ヒースリアが冷静に言った。カランカラン、と大きな金属音がしてラディカルが体を震わせる。驚いた彼が手もとをみると、なんのことはない、ただ自分が武器のナイフを取り落としただけのことだった。知らない間に手の力が抜けていたらしい。いつのまにか横にきていたホクシアは、眉をひそめ、口元に手を当てていた。ヴィオラの顔色は青いを通り越して蒼白で、今すぐにでも倒れてしまいそうだった。
 けれど張り詰めて重苦しい雰囲気の中、アークとヒースリアだけは冷静だ。

「帝国に売り払うだけなら、こんな機械を工場内に運び込む理由はないな。魔石が欲しいなら帝国は自分たちで作るだろうし、金だけが目的なら魔族だけを売ればいい」

「イ・ラルトとの魔族売買はあくまで資金源確保の手段といったところですね。本来の目的はこの魔石製造でしょう」

「これはあの策士様もさぞ驚くだろうさ。なにが目的だか知らないが」

「まだ製造は上手くいっていないようですね。ここまで巨大なものは他に類を見ませんから、当然でしょう」

「完成してたらどれだけ武装してても危なかったさ」

 ラディカルが今までの交流でなんども思って来たことだが、なぜアークたちはこの吐き気を催す状況を目の前に平然としていられるのだろう。仕事中私情に流されないというのは始末屋レインドフが優秀な所以であるが、それにしても人間離れしている。自分は今すぐにでも胃の中のものを吐き出してしまいそうだったし、ヴィオラや祐未だって真っ青な顔で禍々しい機械を睨み付けている。ホクシアは怒りに震えているが、それと同時に泣き出しそうな気もした。アークとヒースリアだけが冷静なのだ。淡々と事実だけを捉えて事実だけを分析している。ラディカルはそんな事実より、手前の部屋での惨事やこの部屋での魔石製造を、人々がどんな気持ちで行っていたかのほうが気になった。
 心が痛まなかったのだろうか。罪悪感はなかったのだろうか。体にこびりつく血や飛び散る肉片や、泣き叫ぶ声や止めどなく流れる涙に、なにも感じなかったのだろうか。それともそれが、楽しかったのだろうか?
 実行した人々がおかしいのか、それとも人族がもともとそういう狂気を孕んだ種族なのか、もうそれすらラディカルにはよくわからなくなっている。
 なにかを差別して虐げなければいられない種族なのだろうか。だから魔族が差別されるのか。それにしたって、ここまで酷いことをする理由がどこにあるのだ。彼らはただ普通に暮らしているだけなのに、魔族のどこが気に入らなくてこんなことをするのだろう。人族が持たない『魔力』を持っているのが、すべての元凶であるなら――いっそそんなもの捨ててもいいとすら思うほど、徹底した残虐非道ぶりだ。

「ラディカル君、ホクシア君、下がっていたまえ」

 茫然とするラディカルの背後から声をかけたのは、先ほど自分と同じ人族を『もう人とは思わない』と宣言し、毎分八〇〇発の弾丸で全員蜂の巣にしたアレックスだった。祐未たちが来たことでまたほがらかな笑顔にもどったはずの表情が、またひどく恐ろしいものに変化している。ツリ目がちなアクアブルーは分厚い氷に覆われたように冷たく暗く、周囲にブリザードのような怒気と殺気をまき散らしていた。ラディカルとホクシアが彼の迫力に思わず一歩下がると、アレックスが一歩前に出て銃を構えた。

「おい、なにす……」

 る気だよ、という言葉をラディカルが言い終わる前に、アレックスが目の前にある機械に散弾銃を撃ち込んだ。
 ガガガガガガ、と轟音が響いて機械の配線や操作パネルに穴があき、低い可動音のかわりにバチバチとなにかがショートするような嫌な音がそこかしこから響き渡る。茫然とするラディカルや祐未をよそに、アレックスは表情一つかえないでさらに散弾銃を撃ち込み続け、弾を使い切ったと思うとそのまま機械に背を向けた。全身にギラギラと殺気がみなぎっているのに表情自体は無表情なのが、ひどく不気味で恐ろしい。

「総員退避だ。アーク君、悪いが捕らえた男を運んでくれ。私がやると殺してしまいそうだからね。ホクシアくんとラディカルくんは生き残った魔族の避難誘導を頼むよ。ここにいる人々の埋葬は、すまないが諦めてくれ。時間がない。ヴィオラ君と祐未は一般従業員がいるかどうか確認して、安全なところに避難させてほしい」

 異論を唱えるものはいなかった。アレックスがリーダーの男を運んだらなんの拍子で殺害してしまうかわからないのも事実だったし、魔族と人間の避難誘導も適材適所だ。そもそもいつもほがらかに笑っている男が完璧な無表情で殺気と怒気をみなぎらせているというのに逆らう気などラディカルにはなかったし、他の人間も同様だろう。

「ヒースリア君、すまないが私につき合ってもらえないかな?」

 アレックスが唯一指示を出していないヒースリアに近づいて、腰のポーチから恐らく爆弾であろうものを取りだし、手渡す。
 そして無表情のまま、低い声で宣言した。

「この施設を、完膚無きまでに破壊する」

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