零の旋律 | ナノ

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 ◇ヒースリア・ルナミスは憤る周囲を余所にただ冷静に現実を直視した

「そうか。そちらの魔族は救出したんだな。……予定外の人員? ああ、それならこちらにもいるよ。気にすることはない」

 耳にある異物から違う場所にいる祐未の声がして、ヒースリアのすぐ横からはアレックスの返答が聞こえてくる。彼らは現在、直樹が指摘した『設計図にない地下室』を探していた。頭に叩き込んだ地図上の不自然な空白に向かって彼らは進んでいく。遠くから響いてくるミシンの音がやかましく集中力をかき乱した。同行することになったラディカルは黒ずくめの二人組にかこまれすこぶる居心地が悪そうだったが、ヒースリアは彼にかまっている暇などないので無視を決め込む。アレックスに至っては、ラディカルの心情に気づいているかどうかも怪しかった。ミシンの音に三人分の足音がかき消され、移動は酷く楽だ。やがてアレックスとヒースリアはある壁の前で立ち止まる。それにならってラディカルも立ち止まった。アレックスがMP5の銃床で壁を軽く叩くと、通常のそれとは違う音がする。向う側が空洞である証だ。

「どうやら当りのようですね」

「マジかよ、隠し通路ってこんな簡単にみつかっちまうんだ」

 無表情に呟くヒースリアの横で、ラディカルが感心したような声をあげる。アレックスが笑った。

「直樹君は優秀なアナリストだからね」

 アレックスは笑顔のまま銃口を壁に向けて引き金をひく。今まで足音をかき消してくれていたミシンの音さえかき消す轟音とともに壁が崩れ去り、そこから下り階段が現れる。

「さて、ここからはゆっくりしている暇がない。急ごう」

「言われなくてもそうしますよ」

 言い終わらないうちにアレックスとヒースリアが走り出し、ラディカルが続いた。階段を降りたすぐ横に見張りがいたけれど、彼が行動を起こす前にヒースリアが見張りの額を撃ち抜いてしまう。奥からバタバタと慌ただしく駆け寄ってくる見張りたちを倒しながら通路を走り抜けると、どこからかうめき声や悲鳴が聞こえてきた。銃を構えて飛び出してきた男を軽機関銃で撃ち抜き、そのまままっすぐ進んでいくと目の前に扉が現れる。大きな鉄の扉は侵入者を入れるつもりがないようだったが、アレックスたちは構わず扉を蹴り飛ばし、その中へ侵入する。
 汗と血と、それからなにか別の生臭い臭いがして、三人は思わず眉をしかめる。

「……はっ……」

 ラディカルがなにか言おうとして、そして黙ってしまう。

「なっ、なんだおまえら! 見張りはどうしたっ……!!」

 声を荒げる男は全裸で、赤黒い雄が存在を主張して揺れているのがひどく滑稽だった。泣き声と叫び声は止まない。笑い声はぴたりと止まり、かわりに怒号や戸惑ったような声が室内を満たし始めた。やはり全裸の、こんどは少し太った男が唸るように言う。

「なんなんだっ……なにが目的でここに……」

 ヒースリアはゆっくりと室内を見回した。室内にいるのは、十人ほどの男と二十人余りの女子供。女子供は全員魔族で、ほとんどが服を着ておらず、体に傷を負い、五体満足でないものやすでに動かなくなっているものもいた。部屋中に赤黒い染みが散らばり、その上に白濁色の液体がぶちまけられている。男たちは全員人族で、体格や年齢こそバラバラであったが、こちらも全裸か、あるいはズボンだけはいていなかったりした。中には頭から血を浴びて真っ赤になっているものもいる。自分の血ではなく、魔族の女か、子供の血だろう。魔族の死体から引きずりだした腸にいきり立った自身をこすりつけている最中のものや、引き裂いた女の腹に顔を突っ込んでいる男もいる。ここでなにが行われていたのか大方理解したヒースリアは、自分の横に視線を移した。ラディカルとアレックスは言葉を失っている。ラディカルはともかくアレックスが言葉を失うのは意外だ――と、思っていた矢先、ガツンと大きな音がする。
 今まで硬直していたアレックスが、拳を壁に叩きつけたのだ。パラパラと砕けた壁が地面に落ち、今まで背徳的な遊びにふけっていた男たちがヒッ、と小さく無様な悲鳴をあげる。

「――私は、軍人だ。戦場は見慣れてきたつもりだ……不当な扱いを受けた捕虜の同僚だっていたし……我々の仲間に、捕虜を不当に痛めつけた輩もいた……」

 静かに、這うような低い声でアレックスが喋り始める。いつもは絶対にありえないはずなのに、なぜかヒースリアの背筋に少しだけ悪寒が走った。アレックスが顔をあげ、部屋にいた男たちを睨み付ける。つい先ほどまで朗らかに笑っていたはずの顔は、悪魔か鬼のように見えた。

「……だが、ここまで吐き気がするような場面を見たのは初めてだよ! よくもこれほど惨い仕打ちをできたものだな!」

 MP5の銃口が部屋の中にいる男たちに向けられる。アクアブルーの瞳が怒りに揺らめき、全身から殺気がほとばしった。

「堪忍袋の緒が切れた! 貴様らをもう人だとは思わん! 全員そこに直れ! 根切りにしてくれる!」

 この場にいる男たちは彼に刃向かう気概などないだろう。自分だってそんな面倒なことはしたくないのだから――と、ヒースリアはどこか冷めた気持ちで脅えきる男たちを見つめていた。

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