零の旋律 | ナノ

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 ◇ホクシアは仲間を救うために戦い敵である人間を憎悪する

 祐未が地上に這い出るため使用したのは、工場の西にあるトイレの排水溝だ。西と東の配置はヒースリアとアークがじゃんけんをして決めた。勝ったほうがシャワー室で負けたほうがトイレだ。一回目にヒースリアがチョキ、アークがパーのストレート負けで現在に至る。その時祐未が『じゃんけんでチョキ出すやつってエロいらしいぜ』と言ったら危うくヒースリアに殺されかけた。
 遠くからミシンの音が聞こえてくる。こんな星の出る時間までごくろうな事だ。MP5を持ち直しながら、ふと祐未は今ミシンを動かしているのは工場の『裏家業』に関係している人物だろうかと考えた。一般従業員は十中八九知らないだろうが、シャーロアの話によると今日は荷物の出荷準備をしているらしい。出勤する従業員が全員裏家業の関係者で構成されている可能性もなくはなかった。トイレから細心の注意を払って脱出し、貨物室に向かって走る。事前の調査で内部構造は頭に叩き込まれていた。トイレを出たら右へ曲がって、そのまままっすぐ。突き当たりにある扉をあければ貨物室のはずだ。

「まて、向こうに誰かいる」

 背後にいるアークが小さく声を上げたので、祐未は前方に銃口を向けたままピタリと立ち止まった。廊下の先に二つの人影が見える。一人は子供、一人は背が祐未と同じくらいか、少し高いくらいの――男性。

「あれ、どっかで見たことあるな……」

「あんたの知り合いならありがたいかぎりだな」

 銃口をまったくぶらさずに構えたまま、祐未は勢いよく人影との距離をつめる。アークはやはり人影に心当たりがあるようで、既に銃口を下に下ろしていた。彼らが工場の従業員や関係者ではないことは祐未にもわかるが、とにかく彼らが誰で、何が目的なのか確認するまでは銃を下ろすわけにはいくまい。彼女は銃を構えて中腰になったまま、二人の人影に向けて声をあらげた。

「こっち向いて両手上げろ! そこから一歩でも動いたら撃ち殺すぞ!」

「……人族ごときが、ずいぶんと大きな口をたたくわね」

 最初に振り向いたのは金髪の少女だった。目が金色なので魔族なのだろう。年齢は十二歳程度だと思われるが、雰囲気にはどうにも老齢たるものがある。インペリアルトパーズのような目で睨み付けられた祐未は、彼女の足下に銃弾を叩き込んだ。ガガガッ、と短い轟音が響いて廊下に穴があくけれど、それは遠くからひびくミシンの音にかき消されてしまう。うるさい音だ。祐未は足下に風穴が空いても二人が指示通りにしないことを確認すると、銃身を上に持ち上げて、もう一度引き金に手をかけた。しかし彼女が引き金を引く前に、アークが脳天気な声をあげる。

「おお、やっぱりホクシアとヴィオラか!」

「アーク・レインドフ……また貴方なの」

 アークの姿を認めた瞬間、ホクシアの瞳から僅かに険が消えた。もう一方の不思議な色合いをした髪の男は、アークの顔を見て一瞬嫌な顔をする。祐未は構えていた銃を下ろしてほっと息をついた。

「ホントに知り合いなのかよ」

「だからさっき言っただろ」

「こんなとこに知り合いがいるなんて思うかよ」

 アークがとことことホクシアたちに近づいていったので、祐未もそれにならって二人に近づいていく。

「ここにいる魔族でも助けに来たのか?」

「同胞が今まさに人族に辱められているのだもの。助けるのは当然だわ」

「で、ヴィオラはその手伝いか?」

「そんなとこだな。アークは変わったカッコしてるな」

「こっちもヤボ用でね」

 MP5を担いだ状態でアークが嘯く。祐未は彼らの会話を聞いて、一つの結論に行き着いた。

「なんだ、じゃあ一緒にいけばいいじゃねぇか。そいつらが魔族逃がすならこっちも逃がす手間が省けていいや」

 ホクシアが少し驚いたような顔をする。魔族は差別されているというから、味方をする人間が珍しいのかもしれない。

「……さすが、アーク・レインドフの知り合いと言ったところかしら。貴方たちはここになにをしに来たの?」

「ここをぶっ壊しにきたんだぜ。似たような目的だろ? なら協力しようぜ」

「……邪魔をしないというのなら一緒に行ってもいいわ」

「腹立つガキだな。つんけんしやがって可愛くねぇ」

「別に可愛いなんて思って欲しくないもの」

「あーそーかよ! おい、アーク! いこうぜ!」

 MP5を肩に担いだ状態で祐未が叫ぶ。一方アークは、変わった髪色の男――ヴィオラに話し掛けているところだった。

「ちょうどシャーロアもこっちに来てるんだ。つでに会ったらどうだ?」

「あー……うん、どうしようかな……」

 アークの言葉に、ヴィオラは困ったような笑顔を浮かべる。祐未が首を傾げた。

「なんだよそいつ、シャーロアの知り合い?」

「ああ。あいつの兄だ」

「なんだそうなのか! 会ってやれよ、喜ぶぞ!」

 祐未が笑顔で言うと、アークは苦笑した。

「おまえら兄妹は、相変わらず自分のことのように喜ぶな」

「この子にも兄弟がいるのか?」

「ああ。弟が」

「よくできた弟なんだぜ!」

 にこにこと笑いながら祐未は言った。ヴィオラは相変わらず困った様な笑顔を浮かべているので、祐未は肩を落として残念そうに眉をひそめる。

「妹に会いたくない理由でもあるのか?」

「いや……ああ……そうかもな」

「気持ちはわかんなくもねぇけど、会えるうちに会っといたほうがいいぜ。大事な家族なんだからさ」

 敵地のまっただなかとは思えない会話が交わされる。ホクシアは呆れたようなため息をついた。祐未は会話の間に貨物室の鍵にU.S.M9を突きつけ、一度発砲する。ガシャンと音を立てて鍵が外れると、体当たりをして扉をこじ開けた。
 薄暗い中に木箱が所せましと並んでおり、遠くからミシンの音がする。あたりを見渡すが貨物室の中からは物音さえしない。ゆっくりとなにかあってもすぐ対応できるよう、アークと祐未がMP5を構えたまま前に進んでいった。その後ろからホクシアとヴィオラが続く。貨物室のずっと奥に、縁を鉄で補強された木箱が五つほど置かれていた。微かに人の気配がする。

「……これか?」

 祐未が小さく呟くと、横にいたアークが肩を竦めた。とりあえず、補強された板を無理矢理引き剥がし、中を覗き込む。途端、祐未は顔をしかめてしまった。

「うへぇ、ビンゴだぜ」

 中に人が――正確には魔族が――足を伸ばしたり横になったりするスペースをまったく考慮されず、ただ棒立ちになって木箱いっぱいに詰め込まれていた。まさに出荷する『荷物』の風体だ。吹き出る汗の臭いや吐き出した二酸化炭素は密閉された木箱の中では思うように循環せず、むわりとした熱気となって空間を覆っている。魔法の詠唱ができぬよう猿ぐつわをはめられた魔族たちは、脅えたような目で祐未たちを見ていた。MP5の銃床で木箱の穴を広げ、一番手前にいた魔族の女を引っ張り出す。アークに目配せをすると彼は頷いて、すぐ横にあった同じ形の木箱に穴を開ける。ヴィオラも近くにあった木箱に手をかけた。祐未は近くにいるであろうホクシアに呼びかける。

「おい、ホクシア! こいつら全員外に運び出せ! なんか隠れ集落とかそんなんあるんだろ?」

「わかってるわ。そのためにきたのよ」

 貨物室のすぐ外に翼を持った魔物が舞い降りる。魔物の背中に乗せられるだけの人数を乗せ、ホクシアが空に舞い上がる。祐未はそれを確認すると、木箱から助け出された魔族たちに向かって近くの森を指差した。

「仲間がくるまでそこに隠れてろ! 物音立てるんじゃねぇぞ! グズグズすんな、早くしろ!」

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