零の旋律 | ナノ

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 ◇シャーロアは情報屋としていつでも大いに有益な情報を提供する

 煉瓦造りの風景はまちづくりの一環だろうか。掲げられた看板の大半には水仙のデザインが施されており、大通りを彩るモザイクタイルにはさまざまな動物のモチーフが散らばっていた。たぶんマンホールのフタかなにかだろうと直樹は思う。アークに聞けばこのタイルの道自体ホクートの観光名所になっているようで、本当にどこの国や世界に行っても人のやることは変わらないと実感する。どこか中世的な作りで統一された町並みは観光地に相応しいものだったが、道を行き交う人々は観光半分、仕事半分といったところか。ニューヨークや東京に雰囲気が似ている。ここで人が仕事をするから町に金があり、その金で町を整備し、美しく整えられる。整備された町並みが話題を呼び、人が行き交う関係上物資も溢れているから観光地としても成立するのだ。

「……でも、レンガの町は大型テーマパークみたいだ」

「なんだそれ」

 不思議そうに首を傾げて尋ねるアークに、直樹はなんでもないと首を振った。
 日本やアメリカに点在する大型テーマパークの中には、さまざまなモチーフで統一し、エリア分けした地区の中でそのモチーフにあったアトラクションを提供するものが多く存在する。西部劇エリアとか近未来エリアとかファンタジーエリアとか、意図的に作られた非日常的空間を訪れた時の感覚と、この町に足を踏み入れた時の感覚が似ていた。もっとも直樹は煉瓦造りの町並みなど故郷であまり見たことがないから、イタリアのヴェネチアを見たとしても同じ感想を抱くことだろう。
 彼が重いスクールバックを抱えなおすと、アークがちらりと荷物に視線をやった。

「その荷物重いだろ? 持ってやろうか」

「大丈夫。自分で勝手に持ってきた物だからちゃんと自分で持つよ」

「しっかりした子だ」

 うちの使用人にも見習わせてやりたい、と苦笑するアークはもしかしたら直樹の年齢を二、三歳下に見ているのかもしれない。かと言ってわざわざ自分で言い出すのも癪なので尋ねられるまで黙っているしかない。
 直樹がきょろきょろとあたりを見回しながらアークについていくと、暫くして扉に水仙と星状六華結晶のモチーフが描かれた建物に行き着いた。アークはそこで立ち止まり、扉を軽くノックする。

「ほら、ここにその情報屋がいるんだ」

 しばらくすると扉の奥から返事があり、アークが扉に手をかけるとガッ、という古びた音とともに扉が開いた。たてつけが悪いのだろうか。

「いらっしゃい。今日はなに?」
 
 直樹とアークを見据えるようにして座っていたのは少女だった。といっても、おそらく直樹より年上だろう。祐未と同い年くらいだと思われる。光の加減で紫にも青にも見えそうな髪をボブカットにして、水色がかった灰色のリボンをアクセントにしている。アークやヒースリア、シャーロアもカサネもそうだったが、ファンタジーな服を着ていた。もっとも彼らから見たら直樹の服装のほうが変わっているのだ。町を出歩く時は目立つからこちらで用意した服を着ろと、何度カサネに言われたか知れない。

「アガートラムって知ってるか?」

「アガートラム……アガートラムねぇ……リヴェルア郊外で活動してる人身売買組織であってる?」

「あってるあってる。そいつらの本拠地が知りたいんだ」

「ちょっとまって。半日くらい貰える?」

「それくらいなら喜んで待つさ」

 どうやら本当に凄腕の情報屋らしく、カサネたちが手に入らなかった情報を半日で集めると豪語した。アークは笑って頷くと、その間観光でもするかと直樹に言った。そこでシャーロアと直樹の目があう。彼女は直樹の姿をみた瞬間、不思議そうに首を傾げた。

「ところで、その子はだれ?」

「ああ、直樹・白井っていって、今度一緒に仕事をするんだ」

「はじめまして」

 直樹がシャーロアに向かって手を差し出すと、彼女はにこりと笑って握手に応じてくれた。

「はじめまして! 私シャーロア。よろしくね!」

 情報屋という職業にはとても見えない明るい少女だ。それが相手を油断させるための手法ではないかとも一瞬思ったが、どうやらそうでもないらしい。彼女は自分と年齢の近い子供が珍しいのか、にこにこ笑いながら直樹に椅子へ座るよう促した。

「観光するなら良いお店教えるよ。よかったらお昼ごはんは一緒に食べにいかない?」

「おお、ホクートの飯屋ってあんまり知らないんだよな。いいところがあったら紹介してくれよ」

 アークの言葉に、シャーロアは笑顔でいいよと答えた。

「ところでヴィオラはどうした?」

「お兄ちゃんは先週出掛けていったよ。今頃は帝国にいるんじゃないかな?」

「お兄さんがいるの?」

 直樹の問いに、シャーロアはうん、と頷く。

「ずっと探してたんだけど、アークのおかげでやっと会えたんだ」

「そっか、良かったね!」

 シャーロアの言葉を聞いて、直樹は満面の笑みを浮かべた。彼の様子を見て、アークが苦笑する。

「まるで自分のことみたいに喜ぶな」

「会いたい人に会えたら、誰だって嬉しいでしょ?」

 それにしても喜びすぎだろ、というアークの言葉を、直樹は聞かなかったことにした。 シャーロアが少し出掛けるというから、昼頃に落ち合う約束をして、直樹とアークはホクートの観光にでかける。正確には、アークが直樹を案内するような形だ。昼食は約束通りシャーロアと落ち合い三人で出掛けた。

「じゃあ、直樹にもお姉さんがいるんだ!」

「うん。ずっと会えなかったんだけど、一年前くらいにやっと再会したんだ」

「よかったね! だから私の時もあんなに喜んでくれたんだ!」

「なんだか他人事とは思えなくて」

 昼食の最中は始終そんな調子で、会話に入っていけずアークが窮屈そうにしていた。この場で唯一二十代であることに引け目があるのかもしれない。その後すぐにシャーロアはまた情報収集に向かってしまい、直樹とアークはホクート観光を続ける。夕方ころにシャーロアが戻ってきて、情報が出そろったことをアークに伝える。直樹は大人しく彼の隣に座って話を聞いていた。

「まずアガートラムの本拠地だけど、リヴェルアの郊外に縫製工場があるでしょ? それを拠点にしてるみたい。出荷する商品と一緒に『裏の商品』も一緒に運び出すのね」

 シャーロアは自分の言葉に嫌悪感を抱いたらしく、泣き出しそうに眉をひそめた。くしゃりと顔を歪めたまま首をふり、A3サイズの紙をポケットから取り出してテーブルに広げる。

「これ、その工場の外観と、内部の見取り図ね。あんまり確かじゃないけど、だいたいはあってるはず。こっちの紙は従業員のシフト表。ただの縫製工場なのに警備員が二十人以上いるっていうのも変な話だよね。工場の規模が大きくて、一度強盗に入られたってのが表向きの理由らしいけど」

 アークが手にとった見取り図を直樹が覗き込む。ついで彼は、シフト表と見取り図を交互に見比べて、バッグの中を漁り始めた。

「なにやってんだ?」

「少しね。アークさん、その見取り図とシフト表貸してくれる?」

 直樹がバッグから取り出したノートパソコンを、アークとシャーロアが興味深そうに見つめた。二人分の視線にある種居心地の悪さを感じながらハンディスキャナを取りだし、工場の見取り図と外観をパソコンの中に取り込む。専用のソフトを立ち上げて画像を読み込むと五秒ほどして縫製工場の立体図ができあがった。歪んでいる場所を修正して正確な図面を割り出していると、茫然としていたシャーロアが手を叩いて驚く。彼女の横ではアークが感心したように何度も頷いていた。

「え、なにこれすごい! 魔導? こんなの聞いた事ないよ!」

「これやるのについてくるっていったのか」

「役に立てればと思って。これでまた疑問がでてきたら、その場で情報屋さんに新しく情報収集を頼めるからさ」

「すごい技術だな。異世界ってのも信じたくなったよ」

 アークが呟くと、シャーロアが不思議そうに首を傾げた。

「え? なにそれ?」

 アークは苦笑して見せる。

「直樹の知り合いに、俺たちは異世界からきましたって、大まじめに言った男がいるんだよ」

「ふーん……でもなんか、これを見ると納得しちゃうね」

 横で交わされる会話を聞きながら、直樹は手早く3Dモデリングの修正にかかった。部屋が足りない場所はつけ足して、既にデータとして保存してあるリヴェルアの下水施設も照らし合わせてモデルを修正していく。ある程度形が整ったところで今度はシフト表をパソコンに読み込み、別のソフトを起動させた。そこに先ほどの3Dモデルとシフト表を読み込むと、十秒ほどして人に見立てた赤い点滅がモデル内部を移動し始める。

「……これが、工場内部の人の動きだけど……」

「足りないな」

「うん。出勤してる人数に対して、工場内部の人間が明らかに少ない。それとさっきモデリングしてる途中で一つ、気になったことがあるんだけど……」

「なんだ?」

 もう一度3Dモデリングソフトを起動させて、直樹はトントン、とモデルのある場所を叩いた。

「ここの妙な空白。シャーロアさんが教えてくれた工場の外観と見取り図でどうしても一致しないんだよね。部屋ってほどじゃないんだけど、たぶん大きい階段くらいのスペースはあると思うんだ。でもこの工場二階建てではないみたいだし……」

「地下か?」

「そうかもしれない」

 部屋の中を一瞬だけ静寂が支配する。けれどすぐに思考を切り替えたアークが椅子から立ち上がり、直樹に

「帰るぞ」

 と言った。早く帰らなければ三名ほどから嫌味を言われるのは目に見えていたから、直樹も今制作したデータを保存し、パソコンの電源を落とす。

「なんか大物のニオイがするなぁ〜!」

 大きく背筋を伸ばしたアークがどこか楽しそうに言う。直樹はやっかいなものを見つけてしまったとしか思えないのだが、シェーリオル曰く『戦闘狂』の始末屋レインドフというのは伊達ではないようだ。

「さて、シャーロア。今回の情報量、いくらだ?」

 アークが懐に手を突っ込んで料金支払いの準備をしている。問われたシャーロアはすこし考えるように首を傾げて、数秒迷ったあとに答えた。

「アークはお兄ちゃんを見つけてくれたから、今回のお金はいいよ。そのかわり、その仕事の様子、私にも見せてくれないかな?」

 邪魔はしないから。というシャーロアの言葉を聞いて直樹はすこし驚いた。なにか気がかりなことがあるのだろうか。普通なら危険だから近寄りたくないはずなのだが。

「ああ、現場にはつれていけないけど、ホテルで待ってるっていうならいいぞ」

 そしてアークは、直樹をホクートに連れて行った時のように気軽に、まるで近くの店に買い物に行くときのように軽薄に、シャーロアの同行を許したのだった。

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