零の旋律 | ナノ

最終話:決めたこと


 篝火の家(実際は朔夜の家らしい)と紹介された場所の階段を上り玄関から室内へ入る。男二人暮らしとは思えないほどに掃除がされた綺麗な家だった。部屋の中は埃一つない。第二の街に住んでいる俺ん家よりも綺麗だ。いや、第二の街に住んでいるからって室内まで整理整頓されているとは限らないけど。

「お邪魔します。にしても綺麗だな。男二人暮らしってもっと部屋が汚いのかと思っていたよ」

 素直な感想を口にすると郁が口元を押さえて微笑した。

「そうだな、というかこの家は篝火がいるからこそ綺麗なだけだぞ。朔夜は片付けが苦手だ」
「そうなの? まぁ見た目通りだね」
「オイコラ。誰がなんだって?」
「朔夜は極度のめんどくさがりやで、動くのすら億劫な引きこもりで、片付けも出来ない奴だと説明しただけだ」

 そこまで言われてない。

「そこまで長い説明していなかっただろう!」
「そうだったか? 済まない。忘れてしまったよ」
「てめっ」
「真っ黒と白いの。紅茶の準備が出来たから食べるぞ。パンが冷める」

 パン一番の篝火は戻って気すぐ台所に立ち、飲み物を準備していた。お盆に紅茶とパンを乗せて現れた姿は、見た目は不良そうな外見なのに酷く様になっていた。
 全員が着席する。毒が入っているかもしれないと疑う気もないので素直に紅茶を頂いた。美味しかった。
 パンを一口食べたら罪人の牢獄だとは思えないほど美味しかった。
 恐らく、罪を犯して牢獄へ入れられる前はパン職人でもしていたのだろうな。

「美味しいね。意外だよ。これなら外で買っていたパンと比べてもそん色がない」
「だろ? 此処のパンは最高だ。罪人の牢獄にある全パン屋のどこよりも美味しいぞ」
「そうなんだ。ねぇ所でさやっぱり気になるんだけど――こうしてついてきている俺が
言うのもあれだけどさ。どうして初対面の俺に対して交流を持ったわけ?」
「は? ……なんでだ?」

 朔夜が首を傾げてやや思案した。

「ってかそんなのに理由が必要なのか?」
「……あははっ!」

 理由が必要なのか? そう問われるとは思わなかったよ。

「何笑っているんだよ?」
「笑うしかないでしょ。あはははっそういうの嫌いじゃないよ。俺は」

 腹を抱えて笑う。だって――楽しい。

「私だって朔夜たちとはいきなり食事をしていたのだから、別に斎とこうして初対面ながらパンを食べることに関して不思議には思わないな」
「まぁ俺なんてたいして交流をしたわけでもない朔夜の家にいきなり住んでくれと言われたしな」

 一体どういう経緯だったのか気になるところだけれど、そうか。君たちにとって初対面の人間と食事をすることは別に不思議なことではないのか。
 此処が罪人の牢獄だからか、それとも元来からそう言った性格なのかは知らないけれど。
 でも――そういうのは居心地がいいな。
 ――此処で暮らしていきたいな。過去の罪は罪として受け止めるけれど、第二の人生を歩む場所は此処がいい。
 どうやら初対面がどうこう言える立場に俺もないみたいだ。


 ねぇ烙俺は君のことを一勝忘れない。
 だから、俺は君のことを覚え続けながら、新しい生活を始めることにしたよ。
 我儘かな、この行動って。我儘だろうね。
 でも――俺は新しい生活を罪人の牢獄で始める。
 そう、俺は決めたんだ。
 俺の大切な親友よ。願わくは――我儘だけれど俺のことは忘れて君は君の未来を歩んで。


「あははっ、君たちって本当面白いね。きーめたっ、俺も第一の街に住むよ、是から宜しくね!」

 罪人の牢獄に来てから、初めて本心から笑えた気がする。
 おかしいよね、此処は罪人の牢獄。罪を犯した人間が入れられる空間。
 それなのに――笑ってしまうほどに、面白いと思える出来ごとと出会えるなんて。
 だからその機会を逃したくなくて、俺は即決した。

「はっ? 雛罌粟の所に戻れよ!」

 朔夜が眉を顰めて怒鳴ってきたけれど、拒絶の声色ではなかった。

「やーだよ。俺が決めたことだもん。俺の勝手にさせてもらうよ」

 第二の街に住んで安寧たる生活を送るよりも、第一の街へ移住して過ごした方が刺激のある毎日を過ごせそうだ。
 まだまだ知り合ったばかりの人たちと仲良くも――なれるだろうしね。

 ――いいよね、烙


END

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