零の旋律 | ナノ

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 栞を殺そうと一歩踏み出した罪人達は驚愕して後方を振り返る。目の前に敵がいて背を見せる行為は愚かでしかないのだが、栞はその隙を狙うことはしなかった。
 ただ、あたり前のようにその場で待機していた。

「徹底的に痛めつけてもう二度とは向かえなくなるまで壊してやらないとな」

 目の前にいるのは、目の前に立っているのは罪人の牢獄支配者だった。
 先ほど確かに殺したはずなのに、その青年は怪我等最初からしていなかったように――無傷だった。
 切り口もない、傷跡もない。血の後も何もない――最初から斬られたことが嘘のように。
 その姿に驚愕しないモノはいない。

「う、うそだろ? てめぇはさっき殺したはずだ!!」

 叫びながら第三の街支配者は再び刃を振るう。それを銀髪は止めることをしない。右肩にふかぶかと剣は突き刺さる。それを銀髪は素手で上に上げ抜き取った。手からは血が滴る。そして剣を一度自分の方に引寄せてから、勢いをつけて第三の街支配者に返す。
 痛い表情は一切見せない。ただ淡々と黙々と決まった作業のように銀髪は一連の動作をやった。
 そして――銀髪の身体は何もなかったかのように元通りに戻った。手から流れる血は消え、肩もふさがる。
 最初彼がこの場所に現れた時と全く変わらない状況になった。

「残念だったね。いったはずだよ。“殺せるのなら”ってね。所詮君たち程度じゃ俺を殺すことは出来ない。誰も俺を殺すことが出来ない。教えてほしいくらいだよ。俺をどうやって殺せるのか。この身体はどうやったら死ぬのかね」

 一歩一歩、銀髪は第三の街支配者に近づく。第三の街支配者は先刻までの余裕の笑みとは一変恐怖で身体が竦んでいる。
 だが、それでも僅かな時間で理性を取り戻す。その手にある金属の冷たさは朔夜に繋がっている鎖だ。
 まだ――此方が絶対的有利だ。朔夜という人質がいる限り安全だ。
 乱雑に鎖を引っ張ると、朔夜が床に身体をぶつけながら支配者の元まで引っ張られた。

「何をしているのかな?」
「はぁ!? 決まってんだろ? こいつを……」
「気をつけた方がいいよ」
「はぁ?」

 意味深長な言葉に怪訝する第三の街支配者に銀髪は笑って答えた。そう笑って。

「気をつけるのは俺じゃないよ。栞だ」
「は?」
「人殺しに関して――殺戮で栞を上回る実力者は罪人の牢獄にはいない」

 残酷な断言と共に、刹那、朔夜を繋いでいる鎖とそれを握っている手が宙を舞った。

「ぎゃああああああ!?」

 恐怖と痛みで悲鳴を上げる。

「うるさいな。そんな耳障りな雑音聞きたくない」

 無事だったはずの反対側の手も宙を舞う。血が溢れだす。痛みが強くて、気絶することも叶わない。断続的に痛みは続く。

「栞やり過ぎだよ。是だと出血多量で死んじゃうじゃないか」

 爽やかな声が酷く不気味だ。

「全く。今此処で死なれたら困るから俺が手伝いをしてあげる」

 心の底から訪れる恐怖。だが――既に時は遅い。
 銀の粉が宙を幻想的に舞いながら血が溢れる傷口に付着して止血の代わりを果たし始めた。

「朔夜に手を出したんだから、それ相応に苦しんでもらわないとね」

 笑顔で銀髪が告げる。それは宣告だ。


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