T 泉にとって守るべき存在は郁だけ。他の事はどうでも良かった。 だから、今まで積み上げてきたものを――外での生活を容易に手放す事が出来た。 罪人の牢獄であれば、郁に今までとは違う生活をさせられる、と。危険な事は全部自分が排除するだけだと決めて。玖城家の名前がある限り、郁に普通の生活をさせることは叶わなかった。情報屋であり貴族である玖城家には敵が多い。特に犬猿の仲といわれる白銀家とは険悪だ。それでも泉は普通と悪意を持って接する事が出来るし、並大抵の相手は相手にならないほどの力をつけた。全ては幼かった郁をこの手で守るために。 「仮に私がその存在を知っていた、としても。裏で糸を引いているのは銀色だ」 「……銀色。つまり朔夜は罪人の牢獄にいたということだ」 「ご名答」 それならば、駆け落ちした二人、そして孫の存在を今まで全く知らなかったことに嫌でも納得出来た。 「……朔夜、こっちへ来てくれるか」 「あ、あぁ」 戸惑いながらも朔夜は王の元へ近づく。 朔夜が孫ではないと、微塵も疑っていなかった。玖城泉は隠すことはあっても嘘はつかない。嘘をつけば情報の信頼が堕ちるからだ。玖城の名を嫌っている節がありながら、玖城の名に縛られ続ける青年。 否、他の誰もが名前を嫌いないながら名前に縛られている。雅契家当主、雅契廻命も志澄家当主、志澄律もまた同様。そして――王自身も。王であるが故に、自由に動く事は叶わなかった。 「朔夜、初めてだな」 床に膝をついて戸惑う朔夜を優しく抱きしめる。 「あ……はじめ、まして」 朔夜から緊張が伝わってくるが、拒絶ではなかった。 何処か照れ臭い気持ちになる。人のぬくもりが温かい。 暫く抱きしめた後、朔夜から離れ再び椅子に座る。朔夜はどうするか迷って泉の隣に戻った。 「で、私に孫との再会を果たさせたお前らは何が目的なんだ?」 「親切心で合わせてあげた、とは思わないんだな」 「翆鳳院や鳶祗がいればそう思いもしたが、お前らしかいないのにそれを思う方が無理だというものだ」 「そりゃそうだ。……朔夜を利用するつもりは別段ない。ただ、ついでだ」 俺はついで扱いか、朔夜は心の中で悪態をつく。それを見抜かれたのか、カイヤが微笑む。何処か狂った笑みで、寒気がした。朔夜にとって今まで世界は罪人の牢獄の中でしかなかった。 その朔夜にとっての世界から踏み出してみれば、罪人よりも残虐で残忍な存在が目の前にいる。 ならば一体罪人の牢獄とは何なのか――朔夜は思ってしまう。 罪人が、犯罪者が入れられる牢獄なのに、犯罪者より罪人よりも――罪を犯している存在が悠然と道を歩いている。この現実はなんだ。 [*前] | [次#] TOP |