T 「君に、友達を紹介してあげる」 「?」 彼の云う言葉の意味が全く理解出来なかった。何を言っているのだろうか、と。 手を差し伸べられる。選ぶのは自分。手を掴むのも手を掴まないのも。けれど栞は自然と手を掴んでいた。 自分の知らない存在。友達という言葉。 居心地のいい温かい掌。手を掴んだ事を微塵もその時後悔はしなかった。そしてそれからも後悔していない。 もしもあの時銀髪の手を掴まなければ全く違う未来が待っていただろう。けれど――あの時何度も同じ選択肢が廻って来ても栞は銀髪の手を掴む自信があった。 罪人の牢獄、という環境の中で育ったけれどそこで出会えた大切な仲間がいるから。 銀髪につられた場所は見知らぬ土地だった。もとより自宅から外出したことが殆どない栞にとって何処も新鮮に映る。 何より真っ先に目についたのは、部屋で一人蹲る自分と同世代の少年の姿だ。 「……だれ?」 「名前は朔夜(さくや)」 「さく……や」 少年――朔夜も栞の存在に気がついたのだろう顔を上げる。泣いていたわけではない。 けれど心が沈んでいる事に栞は気がついた。今の自分と同じような状況だと、直感する。 「あんた……誰」 かろうじて聞き取れる小さな声。 「僕は……海砥栞(わだつみ しおり)」 自然と名前を名乗っていた。自分のフルネームを。大切な母親がつけてくれた名前と、大切な母親の名字。 「しお……り」 朔夜の興味が僅かに湧くのを銀髪は実感した。 「栞、朔夜と仲良くして上げて」 背中をそっと押す。 栞はゆっくりと朔夜に近づいていく。この少年は自分のことを拒絶するだろうか。受け入れるだろうか不安を抱きながら。朔夜の隣に座る。 「あんた、何でこんな場所に来ているんだ?」 朔夜は拒絶をしなかった。心に壁は存在したが。 「あの人が連れて来てくれたから」 「……両親は?」 「いない。母さんがいたけど殺された」 朔夜の瞳が初めて栞を捕える。真っ赤な瞳。猩々緋の色とはまた別の赤。燃え盛るような綺麗な瞳に引き寄せられるようだった。 「朔夜の両親は……?」 銀髪の彼が父親だろうか、一瞬そんな思いが過る。 けれど違った。 「亡くなった……」 とても辛そうに答える声。涙を懸命に抑えようとする声色。全てが痛々しかった。朔夜から目が離せなくなる。 「……あんたと俺同じなんだね……」 この時の栞は気がつかなかったが、朔夜はだから銀髪は栞を連れてきたんだと気がつく。 朔夜は栞を見据えて、軽く笑う。引き攣った笑いだが、精一杯の笑みでもあった。栞も釣られて同じように引き攣って笑い。 「変な笑い」 「そっちこそ」 あははっと乾いた笑い声を上げる。 二人は手を繋ぎぬくもりを確かめる。確かに生きていると。 その時栞は六歳。朔夜は五歳の出来ごとだった。 [*前] | [次#] TOP |