T 栞が、水渚と千朱の方に向かった時、追いかけようとした榴華を虚が止める。虚の軽やかな動きは時が止まるかのよう。 「なんだってめぇ!」 栞の時とは違う強さを肌で感じるその時、泉に云われた言葉を思い出した。 虚もまた銀髪と同様の不老不死。そして虚は戦闘面に特化していると、仮に虚が不老不死でなくとも勝ち目はないに等しいと言われた事を。最初は半信半疑だった。しかし、今はそれが事実だと実感する 虚の力は圧倒的だった。攻撃を仕掛けてきているわけではないのにそう実感させられる存在があった。 「私は人形師虚それだけさ」 余裕の笑み、実際虚は余裕だった。誰を相手どったとしても慌てる事は皆無。 仮に攻撃を受けた処で不老不死、死ぬことはない。そんな相手を相手にしてどうするのか、虚はそう思っている。 「ちぃ」 紫電を這わせて後方に飛び退く。紫電を扱っている間は普段の身体能力を軽く凌駕する力があった。 「引き下がるのかい? 案外冷静な判断が下せるのだねぇ。それが正解だよ。まだ此方とて個々は余興の一つでしかない」 「何の余興だ!」 「危機感を持たせる為の余興だよ、危機感は人々に疑心暗鬼を与え混乱を巻き起こす、私たちが動くには最適な環境を人々自身が作り出してくれる、私はそれを利用するだけだ」 「はっ下衆だな」 「あぁ下衆だよ。しかしもっと下衆なのは太古の人々だろうねぇ、自分たちは不老不死に縋らなかったのだから」 「は? 縋らないのが下衆なのか?」 「あぁ、そうさ、彼らはわかっていたのだよ。死ねない事の恐ろしさを、だから私らという贄を不老不死にしたに過ぎない。不老不死の危うさを、死ねないことの恐ろしさを充分承知した上で不老不死を創り出したのだから、下衆と言わず何というのだろうかねぇ」 嘗ての人々はこの未来さえ、予想していたのだろうか。 「……」 「ひょっとしたらわかっていたかもしれないよ。彼らはいずれ私たちが反逆に出ることを、けれどそれは自分たちの代ではないと確信した。後の世代等どうでもいいと思っていたのかもしれない。最も心意を推し量る事は誰にも出来はしないのだけれどもねぇ。過去に戻ることは出来ないのだから、過去に戻れないのなら未来に縋るしかないのだよ」 自分たちが死ねるかもしれない未来に。 「酷く滑稽だな」 「あぁ、そうさ」 榴華の言葉を虚は否定しない。自分たちはそれらを認めた上で行動している。 正当防衛だの、正当な行動など、自分たちが正義だと、自分たちを庇護するつもりはない。 自分たちが行う行動が、どれ程自分たちの為にしかならないことを承知している。 己の為に、動くだけだから。己が死にたいという願いを叶える為に、全ての物質を礎にする。 [*前] | [次#] TOP |