零の旋律 | ナノ

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 ――あぁ、そうか
 千朱は理解する。水渚だからだ、と。殺すと言いながら結局自分は水渚を殺す事が出来ないのだとその時、認めることが出来た。もう誰かの言葉で踊らされる事はない。自分の瞳を初めて綺麗と言ってくれた人には変わりない。
 ――あぁ、認めてもいいかな
 今までの関係が壊れるのが嫌で、今までの関係を続けたくて心の奥底にしまい続けてきた言葉。
 大嫌いへすり替えた言葉。目を背けてきた思い。
 今なら口にしてもいいだろうか――敵対してしまったが故に。
 このまま隠し続ければ、目を背け続ければ何時か必ず後悔する。後悔するくらいなら――

「水渚」

 何時ものように懐に潜り込む、水渚はすぐさま回避しようと足の軸を変える。

「水渚、大好きだ」
「――は?」

 大嫌いではない言葉に水渚は不思議そうな顔をする。
 千朱はその隙に確実に攻撃する。腹部に一撃、容赦ない。力の限り殴る。

「ぐっつあぁつ」

 もろ攻撃を食らい水渚は苦痛の余り表情を歪める。
 千朱の攻撃を食らう度に思う――重たいと。
 吹き飛ぶように後方に転がる。まともに受け身も取れない。

「油断大敵だ」

 不敵に千朱は笑う。是でいいと、後悔はしない。その言葉を水渚がどう受け止めようと構わなかった。何時も通り大嫌いでも構わないし、それ以外の言葉でも。ただ――拒絶されたら寂しいとは思うし悲しみもするだろう。けれど水渚といる間だけは笑顔でいられる。
 思えば不思議な関係だった。出会った時は水渚を本気で殺したかった。
 金色の髪と瞳はコンプレックスだった。だからこそ瞳を褒められた時、殺意が湧いた。何を言っているんだ、綺麗だなんて最大の侮蔑だと。
 けれどそれは嘘偽りなく本心からの言葉だと千朱は知った。

 嫌いだといいながら笑いあった不思議な関係。不思議だったからこそ、千朱には不安があった。嘘偽りではなくとも、嘘偽りの感情が混じっているのではないかと、それをいいように利用された事があった。
 不安が渦巻いていた時期だからこそ、陰謀に都合のいい駒として扱われ、水渚と殺し合った。
 けれど水渚の言葉はやはり事実でしかなく、千朱が我に返った時、水渚を守りたいと思った。自分の為に本気で怒り、ボロボロになりながら、何時倒れても死んでもおかしくない身体で、それでも倒れもせずに力強い言葉で凛として立つ姿に――生きていて欲しかった。
 その後七年間も、自分は眠ったままだった。その間の出来事を栞から聞いた時は胸がはり裂けそうだった。自分でこのありさまであるなら七年間生き続けた水渚の心情はどれ程の事か千朱に図り知ることは出来ない。第一の街支配者の座を捨て、一人称も当時の口調も亡くし、ただ感情を無くした虚ろなる人形のように日々を生きてきた水渚。
 それでも自分と出会った時の姿を忘れられない水渚。
 自分の為に年齢が変わらないような姿をしている水渚。七年間生きてきたのに、水渚の姿は七年間眠っていた自分と変らない。銀髪の術によって目覚めるまで成長しなかった千朱と同じように。

 綺麗な髪と褒めたら髪を伸ばしていた水渚。何時か千朱に見せる為に。
 認めないだけで、本当は“綺麗”と言われた瞬間から水渚の事が大好きだった。
 その事実に今さらながら気がつく、身を持って実感する。実感した。
 ――だからもういい、否定はしない。認めよう。


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