零の旋律 | ナノ

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「影?」
「そう、影のある所であれば俺は何処にだって移動出来る」

 ――例えば君の背後
 榴華の紫電が色濃く放たれる。一歩遅ければ栞に首を切られていたと冷や汗が流れる。一瞬だけ栞は確かに自分の背後に回った。否、背後に現れた。

「影があれば俺に移動出来ない場所はない」

 影を移動するからこそ、栞は影のある場所であれば何処にでも移動が出来た。影、という制約はつくが、影は何処にでも存在した

「そうか、ならば時折骨も何も関係なく斬り殺す事が出来るのは、お前の力は影を斬ったからか」

 影であれば、骨は存在しない。鋭利な刃物を途中で防ぐ手立てはない。

「だからこそ、あの時研究者たちが的外れな位置に刃物が突き刺さったにも関わらず死んだ。しかし的外れな位置じゃなかった、最初からあれは影を狙っていた」
「正解」

 自分の力を隠す必要はないと栞は答える。

「納得、というわけだ。誰もが自分の身体を守るために回避する術は心得ていても、影を守るために動くやつはいない」

 誰も影で殺されるとは想定しない。それは魔術が溢れるこの世界では、何か特殊な事があってもおかしくはない。それなのに影だから大丈夫だ、と安心するのは安易だ。事実栞のように影を扱うものもいた。けれど、普通は影を守りながら戦わない、だからこそ栞は無防備な影を攻撃することで容易に相手を殺戮できる。

「さて、榴華。君は影を守りきる事が出来るかな?」
「そういいつつ拳銃を手放していないところを見るとまだ、影で殺そうとは思っていないんじゃないのか? 第一、俺を殺すつもりなら、お前の能力を説明する前に俺を殺しているだろう。影の異能を知らない最初の一撃で殺せば、俺は死んでいた」
「……」
「どうやら、朔夜に甘すぎるみたいだな」
「……全く、頭の回転が速いよね」

 栞はため息をつく。薄香の拳銃を所持しているだけで榴華を影で殺したいと思っていない事が露見した。事実だった。榴華を影で殺せば朔夜が悲しむかもしれない。そんな思いが心のどこかにあるから、榴華を殺す事に踏み切れなかった。その甘さが隙になると承知した上で。罪人の牢獄最強と謳われた榴華を前にして随分な余裕だ、と榴華は鼻で笑う。
 影の力だと分かれば対応は以前よりしやすい。ましてや相手に殺意はあっても殺すつもりがないのならなおさらのこと。

「だからといって俺は君を――怪我をさせないというわけではない」

 殺さなくとも痛めつける事は可能だと。そして榴華はそれこそ甘いと笑う。
 栞が特化しているのは殺戮。榴華が特化しているのは戦闘。殺戮者が殺戮をしないのなら部は榴華に傾く。
 紫電が強くなる。眩い光。翡翠の瞳が紫へ変貌する。榴華が本気になった証。
 強すぎる紫電の力は榴華の瞳の色さえ変えてしまう。


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