第二話:誘拐 「あれ? そういや、サクリンは? いつもなら怒鳴ってくるんに」 「あぁ、朔夜は栞に呼び出されたとかで外出中だ」 「へぇあの引きこもりが珍しいこともあるんやねぇ」 朔夜は遊月たちと別れてから、一度も外出をしていない。 「ねぇ――」 「!?」 榴華の後ろから呼び掛ける声。 榴華は突如、気配も物音も立てず現れた声に、警戒の色を強めながら振り向く。鋭く、相手を射殺すような眼光で、けれどその声の主を確認した時、普段の真意の読めない飄々とした瞳へ戻る。 「何故、シオリンが此処に?」 「なんか、変な仇名ついているし。朔を知らない? 待ち合わせしていたんだけどさ、 待ち合わせ時間になっても一向に姿を見せないんだ」 その人物――栞は漆黒の髪を軽く左右に揺らすように身体を動かしていた。猩々緋の瞳には心配の色が現れている。 篝火と榴華が栞と最後にあったのは一か月以上前のことだ。けれど、つい先日のように感じる。 栞の異様な殺戮能力を垣間見た後だからだろうか。栞は唐突に出現し、唐突に消える。神出鬼没。それは性格にも反映しているのか、榴華とは別の意味で真意を掴みにくい。 「朔夜? そっか朔夜が出かけたのは栞と会うためか。出かけたけど」 「おかしいなぁ。朔は時間に正確だから遅刻とかはしないはずなのに」 めんどくさがり屋な面が目立つ朔夜だが、時間には正確だ。 「何か思い当たることはないのか?」 朔夜が待ち合わせ場所にいない、そう聞いて篝火が心配にならないはずがない。その辺が保護者だと言われる所以だと篝火はあまり気がついていない。 「んー朔の場合は微妙かなぁ。色々探してみたんだけどね」 短時間に探せる範囲はたかが知れている、そんな言葉は栞の前には無意味だ。 「また誘拐でもされちゃったのかなぁ、だとしたら不用心で間抜けすぎるよ。今度は当てもないし」 栞はぶつぶつと独り言のように呟く。完全に栞の世界の中だ。 「ちょ、栞っち。一人世界にいかないでや」 それを榴華が引きもどす。 「ん? あぁごめんごめん。朔のことを考えていたんだ」 「そりゃ、わかるやで。で、サクリンどうするん?」 「そういや、今思いだしたんだけど、二ヶ月くらい前にさ、一度朔が襲われたことがあったじゃない? それ以降音沙汰ないから気にしなかったんだけど、それが原因かな?」 「詳しくはきかなかったが……可能性はあるかもな」 襲われるなど日常的な出来ごと故、わざわざ気に留める必要もない。 だからこそ朔夜も何も気にせず、篝火も何も問わなかった。それだけのこと。しかし現状朔夜が本当に誰かに誘拐されたのなら話は別だ。 朔夜に何かあったと考えるならそれを当たるのが一番手っ取り早い。だが、そこで問題は生じる。 「問題は、問い詰める前に死なれちゃったから、何処の誰の仕業かわからないんだよね」 手づまりのように、両手を肩まで上げ降参のポーズをしながら、栞の瞳は明後日の方向を見ている。朔夜が何処にいるか、可能性を必死に思案しているのだ。栞の瞳が徐々に鋭利になっていくのを篝火は感じ取る。 [*前] | [次#] TOP |