零の旋律 | ナノ

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 室内へ踏み入ると、それは仮の住まいだと実感できる作りだった。何時でも姿を眩ませるよう、最低限のものしか置かれていない。
 元々、篝火たちが此方へ来ることを見透かしていたのか、椅子が人数分用意されていた。
 砌が台所へ行き、机の上に冷たいお茶を出す。お茶を手に取り千朱は喉を潤し、ほっと溜息をつく。
 大丈夫、まだ動けると思っていても、身体も心も疲労していた。
 罪人の牢獄を出てすぐに荒くれ者の罪人と対峙し、野宿を数日したのち、玖城の屋敷まで歩く。
 相まみえたいとは思えない相手と会話し、そのまま水波の拠点まで赴いた。
 休めばそれだけ疲労が一気にやってくる。脚に根が張ったかのように椅子から動きたくなかった。暫くは休んでいたい誘惑に負けそうになる。

「大分お疲れのようね」
「歩きっぱなしだったもので」

 千朱の言葉に砌は苦笑する。

「そう、ならご飯も食べる? 簡単なものなら作るわよ。どうせそこの野郎どもにも作ってあげなきゃいけないことだし」
「お願いしたい」

 素直に好意に甘える事にした。砌は了解、と言って再び台所へ向かい、暫くしたら簡単に作られた料理をお盆に載せ、それを両腕で支えながら持ってきた。
 簡単に作られた料理とは思えないほど、味が美味しかった。
 それは、朔夜と比べてもそん色がない程の味。

「……案外料理上手なんだ」

 砌には聞こえないように篝火は呟く。敵同士だった頃、砌は二対のメイスを振るい戦っていた。その攻撃の威力は絶大だ。とても女性が振るっているとは思えない程に。そして体力も高く重たいメイスを二対も巧みに扱う割に汗一つかいていなかった。体力も力もあり、白き断罪第三部隊の隊員の中でも随一の実力を保有していただろう。だからこそ料理も出来る事実に驚きが隠せなかった。

「さってと。榴華に篝火君に千朱君。一つ忠告しておいてあげようか」

 料理をあらかた食べ終わった処で水波が腕を組む。

「何をだ?」

 榴華が代表して口を開く。

「色々、注意する人物はいるけど、銀髪サイドの人間なら特に銀と双海には注意しておいた方がいいよ」
「銀? 双海? 誰だそれは。罪人の中にそんな名前の実力者はいなかったはずだ」
「銀も双海も罪人ではないからね」
「……貴族と言うやつか」

 貴族が其々の思惑で各人動いている。それは下手をすれば罪人より厄介。

「そう。貴族は大抵泉君達側何だけど銀は別だからね。双海ってのも又同様に」
「貴族でありながら“あれ”サイドということか?」
「うん。そういう事。元々――銀は銀髪の協力者であったからね、罪人ではなくとも。銀髪に罪人の牢獄は物語を進める盤上みたいなものでしかないわけだから」
「盤上だけに拘らない、ということか?」
「いうなれば、コップの中の争い程度にしかみていない」
「?」

 首を傾げる榴華、篝火も首を傾げる。

「水波、何か言葉の意味が違くないか?」

 篝火が首を傾げた理由は水波の言葉だ。

「ううん。間違ってはいないよ」
「……」
「別に納得してくれなくても構わないけどね。とりあえず銀髪サイドの面子を君たちは大抵知っているけれど中には知らない人もいるから、気をつけてね。大抵貴族だから」
「貴族は魔境かよ」

 篝火が思わず黙っていられなかった。
 自分の中にあった貴族のイメージは既に殆ど壊されているとはいえ、さらに壊れていく。
 それはもはや貴族ではなく咎人だ、と。刻印なき罪人だと。


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