零の旋律 | ナノ

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「……大切だったんだ。僕にとっては、汚れた世界の中で純粋に生きようとしているそれが眩しくてね。だから生き抜いて欲しいと思っていた。けれど政府はそれを無慈悲に斬り捨てた。国を守ろうと奔走していた人を、自分たちにとって害ある存在だと勝手に判断してね、自分たちの利益を守るためなら仲間すら刃にかけた彼らを僕は許せなかった。その事が起きる前まではね、政府が腐っていても僕は国を愛していたんだ。けれど愛する事が出来なくなり、愛は憎悪へ変貌した」

 愛が憎しみへと変貌し、復讐せずにはいられなくなった。憎まずにはいられなかった。忘れる事は出来なかった。忘れる事なんて出来なかった。
 出会った日々が全て想い出だった。なにものにも変えられない大切な想い出。

「そうか」
「人間が復讐へいたる理由なんて至極簡単なんだ。誰もが難しく考えるかもしれないけど、根本にあるのは単純で明快。複雑怪奇な糸は後から絡まってくるモノで最初から存在していたものではない」

 簡単で単純な理由が徐々に複雑なものへと変貌していく。しかし絡まった糸を解けば根本に眠っている理由は凄く簡単で明快。

「そうかもしれないな」

 榴華が同意する。榴華が復讐理由は柚霧が殺されたから。柚霧を誰よりも愛していたから。柚霧が自分の傍にいてくれないから。自分が柚霧を守ってあげることが出来なかったから。
 その為には刃を握る事を躊躇はしない。例え誰を殺そうと――屍の道を歩いてでも復讐を果たす。

「でしょ」
「あぁ」

 偽りの笑みで微笑みあう。

「おい、水波遅いぞ」

 扉の前で会話をしていた四人を遅いと出迎えたのは、不機嫌な面構えを隠そうともしない悧智だ。
 悧智と篝火の視線が合う。篝火は悧智に復讐をする、しないを考えたことはなかった。許す、許さないでは到底許したいとは思わない。悧智のころを許すことは一生ないと篝火は考えている。けれど、復讐をしたいかと問われれば、必ずしも是非に、とは答えられない。
 単純に命を奪うことへの抵抗か、それとも――命を奪う事で、復讐することで悧智と同じになるであろうことを無意識のうちに避けているのか。

「ふーん、お前ら水波の道を選んだのか」

 此処に訪れることは、そういうこと。悧智は以前敵対していたはずの罪人を見ても、何も思わなかった。
 憎しみも憎悪も侮蔑も――何もかも。
 今の悧智に宿るのは別の憎しみだ。それは罪人に対して向けられていない。全ては律へと向いていた。
 悧智にとっての復讐は律だ。復讐の対象を変える事は人にとってある種容易い。
 復讐心が薄れれば別の処へシフトする。そうして限りなく続いていく。その糸を断ち切りたいと願いながら断ち切る事が叶わずに。人は感情を持つ生き物だから。

「あら、まぁどちらを選んでも最善なんて事はないのでしょね。最良も最善も最高もないしね」

 悧智の後ろから砌が顔を出す。

「そんなところで突っ立って内で中に入りなさい。お茶くらいなら出して上げるから」

 砌の言葉に従って篝火たちは室内に踏み入れる。お茶につられた訳ではなかったが、此処数日まともな食事をしていなかった為、お茶は有難かった。


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