零の旋律 | ナノ

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「泉さんの亡霊が街を徘徊しているって噂」

 お茶を思わず吹き出しそうになる。寸前のところで回避出来た。

「亡霊って……それ、泉夜のことだろう」
「泉夜? 誰やそれ。泉さんの亡霊の名前?」
「いや、泉のそっくりさん」
「亡霊とそれ、あんまり変わらんやろが」
「いや、生きているから亡霊じゃないだろう」

 泉夜が、泉のそっくりが――亡霊として噂が流れるとは予想外だった。
 しかし気持ちがわからないでもない。泉を知っているものなら、亡霊が出たと思っても、噂しても不思議ではない。それだけ泉の存在はこの街で有名だ、有名過ぎた。二年立とうが、何年立とうが、それは色あせることなく続くだろう。

「ってなんで自分そんなん知っているんや?」
「泉に似ていたからうっかり声をかけてしまったんだよ」
「後悔している風やなぁ」
「そりゃあ、ありゃ異端で異質で同一で怪奇だ」

 思いつく言葉をいくら並べたところで表現しようがなかった。

「役者が一枚上って感じだな」
「ほにゃあ?」

 榴華が首を傾げる。通じなかった模様。

「周りより抜きんでて優れているってことだ」
「わかりやすいけどなぁ。篝火はん、それやったら最初っからそういってや。自分教養あるほうやないんやで?」
「それは俺もだ」
「でも、用心しておいた方がよいんかねぇ」

 榴華の言葉に今度は篝火が首を傾げる番だ。

「なんでだ」
「篝火はんが、そう言った系を乱用し始めた時は、それこそ不吉な予感がするからや」
「俺は予言者か!」
「いや、あれや槍がふる的な」
「……別に俺がこう言った系を使うのは、珍しいことをするからでもなんでもないぞ」

 相棒に教えてもらった言葉の数々を忘れられないだけ。

「まぁ、なんにせよ。赤の他人にせよ何かしらの関わり合いがあるにせよ、用心するに越したことはないんやないかなぁ。何せ泉さんのそっくりさんやからな」

 榴華にとって泉は油断できない相手であった。泉がこの牢獄にやってきた時、榴華は本気になろうとした。
 罪人の牢獄支配者が二人の対決を止めなければ被害は甚大だっただろう。
 だからこそ、相手が亡霊だろうとそっくりさんだろうと、赤の他人だろうと、注意しないわけにはいかなかった。
 そうせざるをえないだけの効力があった――泉には。

「全く厄介やなぁ、いなくなっても効果抜群とは」
「全くだな……」

 だからこそ、否応がなく泉の存在を思い浮かべてしまう。――想い出ではない。


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