零の旋律 | ナノ

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「ってなわけでどぞー。泉の家に入れるなんて滅多にないかもよ」

 けらけらと笑いながらカイヤは案内する。何度も足を運んでいるのだろう、その足取りに迷いはない。
 ある一室まで歩いていくとカイヤは勢いよく扉を開ける。扉の傍に人が入れば結構な痛さだなと篝火は思う。扉の先に――数年ぶりにその姿を見る泉がいた。二年前と殆ど変らない真っ黒で端正な姿。
 黒一色で覆われた空間を見ているようだ。現実だと主張しながらさながら現実ではない錯覚に陥らせる。

「よお、久しぶりだな」

 椅子に座り、机に肘を載せながら泉は興味なさそうに挨拶する。

「久しぶり」
「……要件は大体わかっているが、何故わざわざ玖城の屋敷を訪ねた? それこそ軍師の処を訪ねればいいだろう」

 泉に隠し事は不要。

「……あの軍師様は何が目的かわからないからな」
「ふぅ、天才軍師水波瑞。頭脳面に関しては他の追随を許さないほどの明晰さだ」
「噂にたがわずか?」
「あぁ」

 篝火は、頷いた後で疑問がわき上がる。泉に対して何も対価を支払っていない。それなのに情報を教えたのは、その程度の内容は情報ではなく、日常会話の一環か。

「……天才軍師水波瑞。とある事件をきっかけに軍師としての立場を止め、復讐に回ることにしたのさ」
「はっ、どいつもこいつも復讐しか頭にないのか」

 榴華が嘲る。そんな自分もまた復讐者の一人だと。
 そして泉も、銀髪も、水波も誰しもが復讐者だと。
 復讐が復讐しか生まないのならば復讐の連鎖は何処までも続いていく。滅びることなく生まれ続ける。

「そういうことだ。お前と同様な」
「相変わらず隠し事に意味がない奴だな」
「情報屋だからな」
「お前のその能力はすでに情報屋という枠を飛び越しているだろうがな」
「……教えろ」
「は?」

 端的な言葉に、そして泉らしくない言葉に榴華は怪訝な顔をする。
 泉がその言葉を発すること自体が違和感で、気のせいかと疑う。

「きた、だろ」
「誰が?」

 構わず泉は会話を進める。

「俺に似たやつが」

 何が、とは言わずとも伝わる。榴華は短くなった髪の毛に触れる。

「泉夜って名乗っていたぞ」
「……はははっ」
「笑った!?」

 思わず後ずさりしたくなる笑い。榴華は驚きながらもその場に踏みとどまる。

「今さら何を現れてどうなる……。おい、泉夜のことをお前らが知っている限り教えろ。そうしたらお前らが知りたがっている事を教えてやる」

 情報屋が情報を求める違和感。だが、篝火は思いだす。嘗て白き断罪が罪人の牢獄にいた時、泉が正確な情報を入手できなかった時があった。
 泉の情報源を知っている律が、泉に情報を与えないように妨害していたからだ。
 それと同様のことが起きているのであれば、泉が情報を求めることにも頷けた。


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