第六話:影、白、混沌 +++ 黒、漆黒、闇、深淵。その者を誰もが光の差さないイメージで例えるだろう。 玖城家当主、玖城泉は広い廊下を一人早歩きする。 「……何だって、今ごろあの男が姿を現すんだ」 その表情は苛立たしげで機嫌が悪い。此処が繁華街だったとしても、人々は泉の周りから避けて歩くだろう。それほどの近づきがたい雰囲気が全身から溢れている。 「あぁ、広いな」 ふと足を止める。この廊下は広すぎる。罪人の牢獄から戻って来て二年の歳月が流れたが、誰もいない屋敷は異様に広く今でも感じる。昔は郁がいた。例え広い屋敷に対して人が少なかったとしても郁が入れば、大切な唯一人の妹が入ればそれで良かった。けれど今はもういない。 埋まっていた心がぽかりと空虚になり、空しさも絶望も全てが心に侵入してくる。 その感情を抑える術を泉は知らない。 元々泉の世界に映るのは郁と律だけだった。その二人だけが心のよりどころだった。 「いずみんー」 どたばたと足音を立てながら後方から泉を呼ぶ声がする。静かな、寂しい空間を一瞬で蹴散らす場違いに無邪気な声だった。 「変な呼び名をするな」 「酷いなぁ、偶にはユニークにも読んでみたいじゃないか」 笑いながら、泉の隣に並ぶ。黒いマントを揺らしながら。 「カイヤ、お前準備は?」 「抜かりはありませんよーだ。所でいずみんと一緒にいてはなれない影のような存在の律律は?」 「なんだその一心同体みたいな」 「ってかそうじゃないのー? 運命共同体とかでもいいけど」 「流石にそれは……なんかキモイ」 「だよねーだからもっと優しくしてみたよ」 けらけらと笑う姿は幼くて、泉は毎度のことながら自分と同い年には思えなかった。 「ってかさぁどうでもいいことを聞くようだけど」 「なんだ?」 「目的を誤魔化させたままでいいの?」 「あぁ、いいんだよ。思いこみは大事だろ?」 「そっだねー。それよかさぁ、泉は結婚しないの?」 統一性のないようであるような会話に泉は呆れることなく答える。 「興味ない。そういうお前こそどうなんだ、幼いなりしていても俺と同い年だろうが」 「僕―? んーでも僕好きな人とかいないし」 「恋愛結婚がしたいのか?」 「まっさかぁ。僕が人を愛するとでも思ってんの?」 「全く思っていないが。お前こそそう思っているのか?」 「まっさかぁ、ってか泉が純粋に人を愛したら天変地異のまいぶれでしょ」 酷い言い草を平気で云い放つカイヤだったが、泉は最後の言葉に顔を顰めただけで後は否定しなかった。 「僕らは恋愛とは無縁だし――恋愛するような思いは持っていないよ」 そしてカイヤは続ける。 「人を愛するような資格も僕らはない気がするよ」 否定も肯定も泉はしない。 [*前] | [次#] TOP |