U 「なぁ、せっかくだからこの街を案内してくれない? 何なら金は払うからさ」 気楽に話しかける泉夜に、篝火は怪訝そうな顔を隠さない。 「何も取って食おうってわけじゃないんだからさぁ、そんな警戒するなよ」 「警戒するよ。此処が何処だか覚えているか?」 「罪人の牢獄でしょ?」 「罪人の牢獄にいる犯罪者相手に、親身になる必要はないだろう? それに勝手知ったる相手ならまだしも、得体のしれない相手だ。石を抱きて淵に入るような真似はしない」 泉夜は篝火にはっきりと聞こえる形でため息をつく。 「なんでさぁ。お前はそんなことわざとか乱用しているんだ?」 「んー癖?」 「めんどくせー癖だなぁ。そりゃあ。お前が芋がらで足を衝くことにならないようにー 俺に対して、アンテナバリバリなのはわからなくもないけれどさぁ……」 自然と無言になる。 「何、返事してもいいんじゃねーの? 俺は質実剛健な人物ですぜ」 「そこまで嘘を断言されても困るわ。ってか何故急に……」 「え、篝火があまりにも面倒なことばかり、しかも個人的に王道じゃないものばかりついてくるか、ついつい」 ――性格が悪い。 性質が悪い部分もまた、泉と似ていた。けれど篝火は今なら認識出来る――違うと。 別人と言いきるには似ているが、それでも同一であり異質のような――。 何故、こんな人物に声をかけてしまったか、後悔の念が襲う。これ以上話していても無駄。街を案内して上げる必要もない。篝火は無言でその場を立ち去る。 泉夜は何も言わない。肩をすくめ、篝火の後姿を眺めていた。 「まぁ、例え君がそんな態度を示していたところで、意味はない、けどな」 ――不吉なことをいっていた。気がする。 篝火はモヤモヤと霧が晴れない気分になりながら帰宅する。 折角の出来たてのパンを食べる気分にもなれない。 「ただいま」 「おかえりー」 普段なら返事が返ってこない朔夜の声に反応する余裕もない。 何が余裕を生まないのか、篝火には考える気力すらない。 「どうしたんだよ? パン屋帰りのお前がそんな微妙な気分でいるなんて」 篝火の珍しい様子に朔夜が反応する。朔夜はソファーに足を組み座っていた。 「あぁ……なんでもないよ」 「何でもなくねぇだろうがよ?」 眉をひそめながらも朔夜は追及してくる。篝火は話すか、話さないか迷っていた。けれど結局何れ出会う可能性があるのなら――ないに越したことはないが。今、話すべきと判断し、隣に座る。 「別人のそっくりさんにであった」 「は? それって本人?」 「いや、別人だ。完璧別人なんだ」 「って誰に似ていたんだよ」 歯切れの悪い篝火に朔夜は段々イラついてくる。 「泉のそっくりさん」 しかし、イラつきは一瞬で拡散する。ソファーから倒れるんじゃないかと思える程、大げさな反応をした後、落ち着きを取り戻し再びソファーに座り直す。何故か正坐だった。 [*前] | [次#] TOP |