零の旋律 | ナノ

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「お主、見ておったのか。……紅於よ」

 紅於の亡骸を結界で一つに集め、それを透明な箱状に凝縮させる、掌の上にそれを移動させた。

「後で亡骸は埋葬してやるのでの、それまでは悪いがこれで我慢しておいてくれ」
「相変わらずだね、雛罌粟」
「お主は何故最後に割り込んできた? 否、最初から見ておったのか?」

 雛罌粟が紅於に対して止めを刺そうとした瞬間、タイミングを見計らい銀髪が現れた。偶然では片付けられない。

「いや、途中からだけどね、雛罌粟が紅於の元へいくって告げていたからどうなるかと思って」
「お主にはお主のやるべき事があるだろう、我に構っておるな」

 きつく突き放す雛罌粟だが、銀髪はその場から離れようとしない。

「俺の心配をしてくれたんだろ?」
「……お主には関係のないことじゃ」
「紅於が何を仕出かすかわからないから」
「紅於の目的を遂行する上でお主は目の上のたんこぶじゃ。けれどだからといって短絡的にお主を殺そうなどとは考えてはおらぬだろう」

 死なない相手を殺そうとする殺意は紅於にはなかった。

「ただ、この牢獄を出た後色々仕出かす予定ではあったがなの」

 詳細はわからない。けれど呪術師が仕出かすことを雛罌粟も銀髪も避けたかった。それだけ。

「忘れていれば死なずに済んだものの」
「……何故、お主は最後に我の仕事を奪った?」
「雛罌粟は無益な殺生を好まないし。命のやりとりも好まない」
「詭弁じゃな、我とて血で汚れておる。偽善者ぶるつもりも聖人でもないわ」
「それでも、雛罌粟には人を殺してほしくない。雛罌粟が殺そうとするなら、俺が殺すさ」

 雛罌粟が紅於を殺さないために銀髪は影で見ていた。
 その時が来るのを、そして最善のタイミングで奪い取った。

「相変わらずじゃの」
「それは雛罌粟も、でしょうが」
「そうかもしれぬの」
「だろ?」
「……で、お主は世界を滅ぼすには当然敵もおるじゃろ? 具体的にはどうなる?」

 雛罌粟はこれ以上その話を続けず、話題を変える。

「そうだね、まずは貴族衆。そして水波衆ってところかな。勿論本物の水波だよ」
「そうか、あやつもまた敵か」
「なぁ雛罌粟」
「なんじゃ?」

 無意味な質問とわかっていても、銀髪は尋ねたいことがあった。嘗て数度尋ねたことでもある。

「雛罌粟は」
「何度も同じことを問うな。我の答えは変わらぬよ」

 銀髪は最後まで質問しきる前に、雛罌粟が答える。何度も繰り返された質問であり答えはいつも同じ。
 銀髪が僅かに躊躇しながら質問することも雛罌粟にはわかっている。
 それほど付き合いは長い。六十年近い付き合いなのだから。
 銀髪にとってそれほど長い間一緒にいることが出来たのは、姉である虚を除けば雛罌粟唯一人だった。
 数百年の時の中で、唯一といっていい。

「さぁ参るぞ、お主がいなくては何も始まらぬのだからの」
「あぁ」

 一歩一歩最後の大地を踏みしめる。もう戻ることはない。この景色も見納めだ。


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