V 「致命傷ではあるが、即死はしないようにしておいた。せめてもの選別だ。最後の時間くらい柚霧と一緒に過ごすんだね」 銀髪は振り返ることもなく、岐路につく。もう榴華には用がいないと言わんばかりに。 その事実を気に留めることなく、榴華は動かない柚霧のもとまで全身を使って、這いながら移動する。そして動かない頬をゆっくりとした手つきで触る。 「柚、御免。俺何も守ってやれなかった」 同じ街に生まれた幼馴染。 柚霧が街の貴族に奉公している時、主人が柚霧に日常的に暴力を振るっていた。 柚霧は人知れず我慢してきた――が、ためこみ、傷ついた心はやがて底から溢れだし、柚霧は主人を銃殺した、その場ですぐに捕まり罪人の牢獄へ送られた。 傷つけたのは主人なのに、主人は悲劇の主人公として埋葬された。 榴華はその事実を知った時、屋敷を襲った。 榴華の力をもってすれば屋敷の人間を皆殺しにすることなど容易かった。けれど、榴華は屋敷の人間を殺すことが出来なかった。柚霧の最後に見た笑顔が浮かんだからだ。 誰一人殺すことなく榴華は罪人の牢獄へやってきた。罪人の牢獄という死を覚悟してもなお、最期の時を柚霧と過ごしたい、と榴華は罪人の牢獄を彷徨った。そして、本来なら存在しないはずの街の存在を知った。雛罌粟や朔夜たちの協力によって、柚霧と再会することができた。 その時柚霧をもう悲しませないために守ると心に誓った。 それなのに――目の前にいる柚霧は生きていない。 「ごめん、柚、ごめん……俺は、俺は……」 柚霧が、自分に笑いかけてくれることも、料理を食べさせてくれることもない。 瞳から自然と涙があふれ出す。痛みも疲れももう感じない。 じゃり、と砂を踏みしめる音にも気がけない。 「あやつに挑んで勝てるわけがないだろう」 呆れ果てた中に労わりが確かにある声が耳に届く。とても聞き覚えのある――恩人といっても過言じゃない相手の声。 「雛……」 「あやつに挑むだけ無謀だと知り得ながらお主は何故挑んだ」 「柚を殺されて、挑まないわけがない」 自分でも不思議なほど清涼な声が出る。 「ならば何故お主は今死にゆこうとしている。死を認め、生を諦めるのか?」 「――あぁ」 助かるつもりはない、柚霧と共に逝く。 柚霧がいない世界にいた処で意味はない。後、追い自殺と呼ばれようと構わない。柚霧がいない世界は――辛い。 銀髪も榴華の性格を理解しているから、止めを刺さなかった、刺す必要がないと判断し。 「……我は、お主のことを好いているわけではないが、それでも後追い自殺を認めるわけにはいかぬな」 「後追いしなくともこの怪我なら死ぬさ」 「それは手当てをしなければ、の話じゃろ?」 「……」 見透かした言葉に榴華は黙る。 [*前] | [次#] TOP |