零の旋律 | ナノ

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「推測する限り。俺に似ている人物はとんでもない悪党だったのかな」

 へらへらと笑いながら質問をしてくる。その人物像を想像しているのだろうか――笑いながらその眼光は鋭く、鋭利な刃物のようだ。

「……生き馬の目を抜く……印象を受けるからだよ」
「はぁ? あはははっ、こりゃ面白い」

 言葉の意味が通じたのか、通じかなかったのかその人物は笑う。

「随分慎重になれるものだな? 最初から警戒されていたら、此方としても話しかけにくいだろう」

 この状況で慎重になるなと言う方が不可能だと篝火は言いたかった。軽口を叩いているように見せて、その癖、隙が一切ない。それだけでこの男がただ者ではないことがわかる。

「は、戦見て弓を矧ぐような真似をしていたくないからだよ」
「……もっと簡単な言葉で会話しようや、お兄さん」

 ため息をその人物は着く。篝火としては、仕方がなかった。自然と口から出てきてしまうから。
 相棒に色々と教えてもらったことは、何年の月日が流れようと抜けることはない。
 紫蘭のネックレスを人知れず握り締める。

「仕方ないだろ。ところで名前は?」

 名前を今さらながら聞いていないことを思い出す。
 この時間なら罪人が普通に周辺をふらついていても不思議じゃないのに、不思議と今は全然人通りがなかった。
 あったとしても、二人から遠ざけるように歩いている。その様子が余りに露骨で篝火は苦笑いしたくなる。君子危うきに近寄らず。情報屋と似ている姿の彼とは、誰も関わりたくないのだ。

「あぁ、俺か。俺は――泉夜(いずみや)宜しく」

 何処まで似ていれば気が済むのか、悪態をつきたくなる。名前まで似ている。
 ――この世に自分のそっくりは三人いるというけれど、お前にとってのそっくりさんは、泉夜ということか? なぁ泉。
 二年以上前にいなくなった仲間を思い出す。もっとも仲間と思っていたのは、自分たちだけで、一方通行の思いだったのかもしれない。けれど篝火は最期の最後に彼が残してくれた物を忘れない。

「……俺は篝火」
「そう、篝火か宜しくな」

 そこで篝火はあることに気がつく。泉夜が此処に来て日が浅いのなら、何故“名前”しか名乗らない。
 泉と似た相貌をしている泉夜に、興味本意で話しかける輩は怱々いない。それなのに名前しか名乗らなかったことは、最初から暗黙のルールを知っていたことになる。
 偶然の可能性も勿論捨てきることは出来ない。しかし篝火にとって後者である可能性は零に等しいように思えた。
 篝火は一層警戒心を強める。その様子に泉夜は困った顔をする。しかしそれは所詮見せかけで眼光の奥では何も思っていない。ただの杞憂であればいい――そう願う。

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