T それでも生きるために盗みを働いてそれで得た食べ物で食いつないでいた。 髪は薄汚れ、金髪は茶髪と間違えるまで土にまみれ、身体はあちらこちら擦り傷を、常に生傷が絶えなかった。服も何日も同じものを、一張羅と言っても支障がない程に、着回し、ボロボロの服がさらにボロボロになるまで。 そして時は流れ家に住むことも一人で仕事をして安定した生活を――といっても泥棒だが、送れるようになったとき、綺麗であることに歓喜した。 薄汚れた場所で生活してきたからこそ、その綺麗が眩しくて仕方なかった。自分と違う、全くの別物であり、決して手に入らないモノに少しでも近づくために。 そしていつしかそれが習慣と化し、いつしかそれが癖とも趣味ともなっていった。 思い出せばいとも簡単に思いだせる経緯でありながら、篝火は苦く思う。 兄として慕っていた人は、自分一人だけであれば余裕で生きていける程の盗みの技術があったにも関わらず、それを同じ境遇の自分たちに分けてくれた。 その人に会いたいと思っても会うことは叶わない。自分たちの目の前で殺されてしまったから。それ以降、相棒に出会うまでは一人で泥棒をしてきた。 仲間を失いたくはなかったから、自分が慕ってきた相手が目の前で死ぬのが嫌だったから。 「(なのに、なんであいつはいつの間にか俺の隣にいることが、あたり前になっていたのだろうか)」 朔夜と一緒にいれば思い出すこともない過去を、一人でつらつらと思いだしてしまう。 止め止め、と顔を横に振って忘れようとしても、一度蘇ってきた記憶は中々脳内から離れずに済みつく。篝火はそれを忘れるために、一心不乱になって掃除を続ける。 朔夜の部屋は案の定、篝火からしたら許せない程散らかっていた。 今度からは嫌と我儘をいわれても無理矢理でも引っ張って連れ出そうと決心する。 夕方になっても朔夜は戻ってこなかった。 流石に心配になる。もう誘拐騒ぎはないだろう、そうは思っていてもこの間会ったばかりのことだ、何か朔夜の身に起きたらと悪い方向へ悪い方向へ考えてしまう。 朔夜の実力を篝火は認めているけれど、同時に朔夜の接近戦の異様なまでの弱さも知っている。 近づかれてしまえば一貫の終わり。 篝火の足は自然と玄関へ向かい、靴を履いて外に出る。 外はやけに静かだった。静まり返っている。普段なら喧騒や怒声で溢れているといっても過言じゃない場所で、まるで自分一人だけ取り残されたように静かだった。 胸騒ぎがする――篝火の足は水渚の自宅へ向かっていた。 水渚の自宅をノックするが応答はない、ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。 誰も盗みに入る輩がいないからだろう。おそるおそる扉を開けるが、そこに水渚はいない。 一体何があったのか不安は募るばかり。 罪人の気配がない。 榴華の自宅へ向かうが榴華や柚霧の姿はない――そればかりか、榴華が八つ当たりしたのか、紫電の後があちらこちらに残っていた。室内に入らないとわからない惨状。 机は無残に破壊されている。争った跡を篝火は発見することが出来なかった。榴華一人で紫電を巻き散らかしたとしか思えない。 篝火は知り合いの自宅を次から次へと回るがやはりそこでも罪人は見当たらない。 自分が何か知らなかったとしたら一心不乱に掃除をしていたあの時以外考えられなかった。 どうしたものかと考えていると前方に見覚えのある罪人をようやっと一人発見出来た。 「千朱!」 「篝火か」 千朱の額に僅かに汗がかいてあるのを見ると、千朱の何事かと走り回っていたと見える。 「どうして罪人がいない?」 「俺もよくわからないんだ……」 「俺、掃除していて何かあったか全然気がつかなかったんだが」 「俺は寝ていた」 同時刻、別のことをしていて気がつかなかったとなると――ある結論に二人は至る。 「最果ての街へいこう」 そこで何かが判明するはず。 「あぁ、そうだな」 走り出す。共に体力には自信があった、全速力で疾走する。 [*前] | [次#] TOP |