零の旋律 | ナノ

V


 水波がいなくなったから、ではないことは確かだ。水波を殺したのはきっかけに過ぎない。第一、紅於は愛や友情など信じていない、下らないモノと切り捨てる。

「……あぁ、そうか、私は悔しいんですか」

 紅於は一つの結論に至る。悔しいと。この牢獄に落されたことが。
 此処にいる限り日の目を見ることがないと水波を殺したあの日に否応なく理解してしまったが故の苛立ち。
 理由がわかっても解決するに至らない。
 何せ罪人の牢獄にいる以上日の目を見ることは叶わないのだから。

「……ん? 誰か来訪者?」

 思案は中断される。自宅に設置してある、今まで二度しか使われなかった呼び鈴が鳴らされた。紅於は地下室から一階への階段を上り、地下室の扉を閉じ、その上から絨毯を被せる。
 紅於と水波しか知らない秘密の地下室だった場所。
 玄関を開けると、そこに立っていたのは見知った顔、自分よりいくつか年下の相貌をしていて、実年齢は八十を超える銀髪を除けば罪人の牢獄歳年長となる存在にして、第二の街支配者雛罌粟。全体的に桃色を基準にしてイメージされた和服に身を包んでいる、和服人口だけをいうなら第三の街が他の街より圧倒的な中で第二の街の支配者として和服中心に来ている人物でもある。
 紅於は雛罌粟の和服以外の姿を見たことがなかった。もっとも紅於も和服以外の姿を見せたことはない。

「雛罌粟さん、どうしたんですか?」

 作り笑顔で雛罌粟を紅於は出迎える。

「少し用があってな。我が伝えにきた」
「伝えにきたってことは伝言でも頼まれたのですか?」

 雛罌粟を伝言相手に選ぶ相手はすぐに検討がついた。

「そのようなところだ。我は用件を伝えたらすぐに戻るつもりだがの、疑問点があれば直接に尋ねるとよい」
「なら、直接本人に来てもらいたいですね」
「今は梓に刺されておるから無理だそうじゃ」
「梓さんにですか、あの人の中で最優先事項は梓さんなのでしょうか」

 梓が罪人の牢獄支配者を嬉々としてナイフで突き刺す姿が目に浮かぶ。紅於は笑うしかない。

「だから代理として我が此処まで出向いた。ところでお主は何故――」
「なんですか?」
「この間会うたときとは違う、野心がある瞳をしておるの、それは何故じゃ?」

 ――この人はっ。
 紅於は内心驚愕を隠せない。作り笑顔で全て偽ったつもりなのに、心の奥底にしまえきれなかった野心を雛罌粟に一目で見抜かれた。

「私にも色々あるんですよ」

 笑顔で誤魔化せないと承知しながらも笑顔を突きとおす。

「まぁ人それぞれなのは仕方ないの」

 雛罌粟が先に折れる。追及したところで答えはしないと。
 雛罌粟は要件だけを伝える。

「わかりました、態々有難うございます」

 紅於が丁寧にお辞儀をする。顔を上げた時、瞳と瞳が視線を合わせる。

「では、我は戻るかの」
「見送りは必要ないでしょうから、このままで失礼しますね」

 紅於は踵を返す。雛罌粟は紅於の瞳を脳裏に焼き付けたまま、第二の街へ戻る。


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