零の旋律 | ナノ

U


+++
 榴華は自宅で柚霧の手料理の味を味わっていた。

「旨い」
「それ、毎回言っているよ?」

 柚霧は何度聞いたかわからないほど、榴華が口にした言葉に微笑む。

「上手いんだから仕方ないだろう?」
「それもそうだけどね」
「なぁ、柚は、柚は此処じゃない場所。つまり国に戻りたいと思ったことはあるか?」

 偽りを周囲に印象を抱かせているのなら、この空間は偽る必要はない。
 柚霧も丁寧な言葉ではなく年相応の口調で、榴華も素の口調で会話する。
 二人だけの世界、二人だけの空間。何人たりとも侵入することは許されない。

「国へ?」

 榴華は考えたこともなかった。けれど朔夜を誘拐した罪人の言葉でふと、柚霧はどういった思いを抱いているのか気になった。
 柚霧にとっても榴華にとっても故郷にいい思い出は何もない。けれどそれでも――故郷は故郷のまま残る。

「あぁ」
「私は戻りたいと思ったことはないよ。私は榴華と一緒に此処で充分。此処には榴華を疎外する人もいないし、私を殴る人もいない。もっとも榴華が作ってくれた環境でもあるけれどね」
「だよな。けど、もしも国に戻りたいと思った時は遠慮なくいってくれ。柚の願いなら俺はどんなことをしてでも叶えるから」

 柚霧が戻りたいと願うなら、嫌な想いを封じ込め柚霧と共に戻る。
 柚霧がこの場に留まりたいと願うなら、生涯を終えるまで此処で生きる。

「有難う、気持ちだけ受け取っておくね。でも私は戻りたいって思うことはないよ」

 悲壮を漂わせながら柚霧は微笑む。

「俺もだ」

 たった一人、自分の力を恐れないでいてくれた人のために
 たった一人、自分のために権力に立てついた人のために


+++
 第三の街、赤と黒が織りなす場所で紅於はため息をついていた。

「どうにも、こうにも何か苛立ちますね」

 原因はわからない。けれど苛立ちは収まることなく日に日に増大していく。二年前、第三の街支配者だった水波を殺し――実際には偽物だったが。第三の街支配者となったときから、その苛立ちは存在していた。
 自分が若いから、とか甘えた言い訳は使いたくない。事実水波の前の支配者は自分と同い年かそれよりも若かったと聞いていた。
 疲れているわけでもない、現状に満足出来ないだけ。此処で手をくすねていたくはない。
 このままで終わらせたくない。その想いが強く強く、抑制されていた分際限なく。
 これ以上の苛立ちは日常生活に支障をきたすと判断し紅於は思案を続ける。何が自分を此処まで苛立たせているのか。原因は何か。


- 31 -


[*前] | [次#]

TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -