零の旋律 | ナノ

第六話:それぞれの


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 エカルラート、もしくは単に国の郊外。
 人気のない自然豊かな土地の一角に一軒家があった。しかし森に囲まれていて遠目からでは判断出来ない。それは意図的に一目を避けているともいえる。

「久しぶりだね、悧智」

 家の中で独特に和服と洋服を組み合わせ、長いみつあみをマフラーのように首に巻きながら水波は笑顔で来訪者を迎える。

「あぁ、久しぶりだな」

 水波の隠れ家に呼ばれた悧智は色々なことを水波に質問したかったが、それらを全て抑えて中に入る。
 悧智一人ではない、後ろには白ではない黒を基準とした服に身を包んだ砌も一緒だ。 腕を組み、手にはメイスを二本握っている。

「そっちは砌だね、初めまして?」
「えぇ、そうね。一応は初めましてということになるでしょうね」

 悧智と砌に椅子に座るように促し、自身も椅子に座る。最初から用意してあったお茶を勧める。

「まずは……悧智色々質問もあるだろうから、それらを先にしてくれて構わないよ」

 “右手”で湯呑を持ちお茶を啜る。

「なら、まず一つ。お前は罪を犯して罪人の牢獄にいったと言われていたが何故此処にいる?」

 水波は作戦に長けていたところで高度な移動術の仕える術者ではない。罪人の牢獄から脱出出来るとは到底考えていなかった。ましてや――

「罪人の牢獄にいた僕は、僕の作った術だ。もっとも術式に関してはちょっと他の人の手を借りたんだけどね。罪人の牢獄に僕自身が赴くように僕は予め作戦を練っていた」
「どういうことだ?」
「偽物の僕は、僕といっても過言じゃない。僕の意識の通り動くし、僕としての経験や情報として記憶される、けれど殺されたところで僕本体じゃないから僕自身が死ぬことはない」

 そう言って水波は右腕を見せる。罪人の牢獄では隻腕とされていた水波の腕は今両方ある。

「僕は右腕を媒介に術を使った。右腕に僕とのリンクを繋げていた結果、罪人の牢獄にいた僕は隻腕だったわけ。そして僕はこの人気のない建物の中で眠りについていた。本体の僕は術が解けるまで活動出来ないからね」

 水波を隠し。そして偽物の水波を罪人の牢獄に赴かせることで、水波は罪人の牢獄の情報を手に入れることに成功した。

「もっとも紅於にやられるのは予想外だったけど、まぁ期間的にも特に問題はないだろうから良かったんだけど」

 紅於に殺されなくとも、遠くないうちに水波は自分を殺し、本来の元へ戻ってきた。

「成程な、そういうことか、俺たちと出会わなかったのは術が見破られる可能性を低くするためか?」
「それだけじゃなく白圭たちを手引き――というか引き込んだのが僕だったからね」

 ぎろり、と悧智は水波を睨む。

「復讐心を利用したといってもいい。もっとも――死んでほしいとは思っていないけど」
「あたり前だ、もしそう思っていたら俺が此処で殺している」

 悧智にとって白圭は兄のような存在だった。
 心中は穏やかじゃない。


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