零の旋律 | ナノ

第三部:第一話紫の闇


 似ていると感じたそれは
 辿りたいと思った気まぐれは
 失ってから、失う前から
 大切で

 決して消えなかったから

 軌跡を旅する


+++
 彼彼女らと別れてから二週間後のある日。
 もう二度と再開することはない――罪人の牢獄と国で生きる者。
 あの後、彼彼女らは国に戻り生活をしていると、彼らは思いこんでいる。当然だ、遊月も炬奈も、朧埼も唯乃も何一つ告げなかったのだから。
 篝火は日参しているパン屋から出る。薄茶色の紙袋を大切に両手で持つ。袋からは香ばしい匂いが漂い篝火の食欲をそそる。
 途中で食べたい意欲と格闘している時――幻を幻想を幻影を見た気がした。
 蜃気楼のようにあっという間に消え去りそうなそれを。篝火は思わず走り、その手を伸ばす――

「オイ」

 幻を――、否。人の肩を掴む。振り返ったその相貌に落胆する。同一人物のはずはないのに、それでも期待してしまった。
 落胆した様子に、その人物は怪訝そうに眉をひそめる。篝火が何の目的で声をかけてきたのか、そして落胆したのか理解出来なかったからだ。しかし心当たりがあるのか、その人物は次第にうっすら笑みを浮かべる。だが、落胆していた篝火はそれに気がつかなかった。

「君は?」

 その言葉に篝火は我に返り、肩から手をどける。
 人違いと最初から理解していたのに、何を期待していたのか、淡い期待を何故抱いたのかと期待してしまった分、後悔が襲う。

「……悪い、人違いをしただけだ」
「その、人違いをした人物と、俺は似ていたのかな?」
「あぁ」

 歯切れ悪く答える。人違いだ、と即答出来なかったのは、後ろ姿だけじゃない。相貌すらも似ていたから。
 あの時失ってしまった人に似ていたからだ。

 似ているだけでは済まない。纏う色までが同色。
 黒。漆黒。闇。
 黒い服を全体的に纏う。他人に心を許さないように黒で覆う服装。
 髪の毛も漆黒。けれど唯一相違点がある。それは瞳の色。
 その色は紫紺。漆黒ではなかった。
 瞳の色が決定的に別人、他人だと伝えている。他にも相違点を上げるなら髪の毛。この人物は肩甲骨付近までの長さで、先端は癖っ毛なのかはねている。

「へぇ……一体どんな人物だったのかねぇ、俺のそっくりさんは」

 意味ありげにその人物は呟く。
 篝火の脳内で警報が、警戒が、警鐘が鳴り響く。

「……目の色が違う。別人だ。悪かったな、間違えて」

 淡泊に言葉を短く区切って返答した。これ以上この人物と関わってはいけない。理由はわからない、ただ篝火の本能がそう判断した。
 だからこそ、この場から逃げるようにして立ち去ろうとした。けれど、それを引きとめられる。

「何、そんなに俺のこと嫌い? 避けないでよ。此処には来たばかりでよくわからないんだ。それに俺の顔を見ては逃げだす人もいる始末でさ」

 そりゃ、そうだろうと心の中で篝火は悪態をつく。これだけ似ていれば別人だと誰もが理解しても、態々興味本意で近づく輩はいない。死がどれ程身近であろうと、この場所が生き難しかったとしても、この街に生きている人間は生にしがみ付いているのだから、死に近づく必要性は何処にもない。


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