零の旋律 | ナノ

V


 カイヤは杖に縋るように両手で握る。荒い呼吸を繰り返す。

「大丈夫か?」

 汐が声をかけたが返事はない。

「……流石にしぶといな」

 不老不死を攻撃し続けることに意味はある。虚も虚偽も例え死なない身体を持っていてもそこに痛覚は存在する。痛覚がいくら鈍っているからといってもそれを超える痛みを与えれば――心が無事であり続けるわけではないのだ。体力だって無限では決してない。様々な感覚や力を残したまま、彼らはただ死なないのだ。

「……痛いねぇこれは」

 虚は肩膝をついていてから、立ち上がる。普段よりも服の再生がやや遅かったのは痛みを感じているからだろう。

「流石、雅契の魔術師。しかし疲れているのは目に見えているね」

 痛みをすぐさま痛みではないと虚は痛覚を無理矢理何処かへ追いやる。そしてカイヤを殺そうと砕け散った長剣ではなく、銀の粉から作りだした白銀の剣でカイヤを差し殺そうとする。
 だが、その刃がカイヤへ届くことはなかった。

「眞矢……」
「大丈夫か?」

 肩を突き刺された痛みを感じないように、カイヤを庇う。後ろにいるカイヤが果たしてどんな表情をしているかは知らないし、知る必要もない。
 雪城は刃を素手でつかむ。血が滴るが気にする必要はなかった。そこから身体を後ろへ倒して刃を塗りやり抜く。血飛沫が虚へ飛び散る。虚が二撃目を加えるより早く宙を回転して攻撃を交わす。地面に着した衝撃で血が勢いよく流れる。
 真っ赤な雪が舞った。雪は血によって梳かされて氷柱を作り出し、頭上より真っ赤な氷柱が降り注ぐ。
 虚はそれを鮮やかな剣技で弾き飛ばす。弾き飛ばされた氷柱が雪城の足に突き刺さった

「眞矢!」

 再び振るわれた刃を、汐が受け止める。

「大丈夫か? 雪城」
「私の心配をする必要はない」
「そっか」

 汐は虚の卓越した剣術を悉く受け流す。鎖鎌だろうが、長剣だろうが斧だろうがなんだろうが、武器であればどんな武器も平等に、そして熟練の達人のように扱うことが汐には可能だ。それが鳶祗汐の凄味であり力である。汐の剣が砕け散ると、腰に手をまわして素早く別の剣を取り出して受け止める。僅か数秒の出来ごとが別次元で繰り広げられているように雪城には見えた。

「眞矢――」

 流れる血が、雪を赤く染める。自分を庇ったが故に怪我を負った雪城の腰を掴んで自分の方へ振り向かせる。

「僕の術に協力しな」

 それは怪我を心配するわけではない主としての命令だった。それがカイヤらしくて雪城は思わず微笑する。

「な、何さ!」
「いや、カイヤらしいなと思って。あぁ、私の力で良ければ何時だって協力しよう」
「ほんと、眞矢って勇ましいよね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「――だから」

 最期の言葉は聞き取れなかったが、雪城にとってそれで良かった。


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