零の旋律 | ナノ

第一話:全ての力で


+++
 虚は武器である人形を失っても余裕の笑みが崩れることはついになかった。貴族たちを相手にしていても、虚は未だ無傷であった。

「ちっ」

 玖城泉は歩みを止め一度立ち止まる。すると途端に世界の端から端まで漆黒の欠片が宙を舞う。それら一粒一粒の欠片は一斉に泉の方へ向かってくる。黒の流れ星が一面を覆い、泉の元へ集う。

「ほう、情報収集を止めたか」

 虚はさも知っていた口ぶりで泉に纏う今までとは桁が違う闇を見る。
それらは世界各地に散らばっていた泉の情報源なのだ。泉が情報を集めるために散らばしていたそれを、“情報”ではなく武器として扱うために、泉は新しい情報を全て捨てた。今、この時勝つために。漆黒の闇が蠢く。

「あぁ、勝つために、な」

 勝つためであれば、どんなことであっても手段を選んでなどいられない。

「だろうねぇ、私に余裕を持ってして挑まれるなど心外だ」
「知っているさ」

 カイヤが魔術を紡ぐ。火の渦が当たり一面を紅蓮に包み込もうとする。灼熱の高温が、虚の肌を焼きつく。
 カイヤたちとて、その余波を受ける。しかし、それらは雪城が彼らの身体に雪を纏わせることで気温を下げ、常温よりも少し暑い程度に抑えていた。だからこそ、灼熱の中でも自在に動けた。だが、その程度のことで虚の動きが鈍るわけではない。服が熱で溶けた所で、銀の粉が舞い再生する。
 カイヤはすぐさま無意味だと悟り術の継続を止めた。する必要がないからだ。魔力を無駄遣いする必要はない。赤の瞳が下の方から――僅かに金色を帯びてきた。

「さぁ、宴の時間だ!」

 カイヤが楽しそうに笑うと、途端雪城が氷漬けにした人形たちの氷が一斉に解け、人形は虚へ反旗を翻して虚へ襲いかかる。虚無な瞳が虚を見据える。虚はしかし五体の人形をもろともせずに瞬殺する。あっと言う間に人形は粉々に砕け散り、最早操ることに意味はなかった。魔術の回廊が消えると、途端地面に粉々になった部品が落下する。

「あぁ、折角、私が丹精込めて作り上げた人形をどうしてくれるのだい」
「それ壊したの自分じゃないの―」
「まぁそうなんだけどね」

 虚が余裕の表情でカイヤと会話していると、背後に回り込んだ汐が切りかかる。それを片手だけで柄を掴み刃の勢いを押し殺していた。虚の左目が汐を捕えた瞬間、嫌な悪寒が全身を駆け巡る。直感でやばいと判断した汐は武器から手を離して後退する。細く精巧に作られた長剣を虚は左手で握る。

「これはいい剣だねぇ」

 なんて剣を眺めて作りを褒める余裕すらあった。

「それはお褒め頂き光栄だ」
「おや、是は鳶祗お手製だったかい」

 武器を相手に与えてしまった失態を隠すように汐は笑みを取り繕って新たな武器を手にする。
 最も、虚自身でもレイピアを所持していた以上、虚が長剣を手にしたところで余り意味はないのだろう。


- 232 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -