零の旋律 | ナノ

V


「あははっ、本当にもう――」

 頬を膨らませる動作は、年よりもやや幼さを連想させる。

「お主は何故白銀に仕えておるのじゃ」

 些細な疑問だったそれは。

「そんなもの、僕にとっての全てが怜様だからだよ!」

 答えであり、答えではない問いに雛罌粟は苦笑する。
 ――そうだ、答えた所で明確な答えがあるとは限らないのだ。ならば問うたところで無意味というものじゃな
 雛罌粟は何時までも防御のみでは、いくら攻撃を受け付けないとはいえ繚の体力が尽きるのを待つには時間がかかり過ぎる。攻撃にも移ることにした。光の弾が周囲を浮かぶ。それらは細い糸を作り上げて光の弾と弾を結ぶ。刃を鋭く鋭く極限の細さを実現しようとした糸のように繚の瞳には映った。
 それらが動くと同時に弾と弾を結ぶ糸も動く。それに触れてはいけない繚は直感的に悟る。ならば、と軽業師のごとく繚は軽やかな動きで空中へ躍り出た――。

 海璃は繚が雛罌粟の相手をしてくれている間に次の一手を打つ。矢は最期の楽園が浸食をしている間に命中して、そこから淡い光を放つと、今までの浸食速度が一気に減速した。その矢は清浄と腐敗を纏うことによって、本物と偽りの中間を作り出し、浸食速度を減速させるというものだった。
 本物が偽りを浄化しようというのならば、中間を作り出せばいい。それが海璃の編み出した術であり結論だった。
 それはこの“エカルラート”で起きた出来事を歴史として記録している翆鳳院家だからこそなせる技だ。
 例え当時を目の当たりにしていなくとも、当時の歴史を翆鳳院家は余すところなく“知っている”。体験していると知ていないの中間であるからこそ、偽物と本物の中間を作り出すことに成功したのだ。
 是は、歴史を知らなければ出来ないことであり、歴史の渦中にいれば出来ないことである。
 海璃の扱う中間の術に銀髪は内心感心する。その間にも怜都によって腹部が切り裂かれる。しかし銀の粉が刹那銀髪の身体を元の状態へ修復してしまう。死なずの身体はいくら傷つけられようとも死ぬことはない。痛覚はある。けれど、その痛覚すら麻痺するほどの傷を今まで浴びてきている。
 だから――外の痛みは我慢出来る。けど、いくら 慣れようとも耐えられないのは中の痛みだった。それだけはどうしようもなかった。


- 228 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -