零の旋律 | ナノ

Z


 海棠は素早く地面を蹴る。それに続いて潤も動き出した。潤も銃を武器としているが、遠距離からの狙撃などを得意としている焔や静香とは違い、体術を組み合わせた近距離での銃の扱いを得意としている。
 梓は刃が迫ってきているというのに笑いを止めない。高揚とし、頬が赤く染められる。恋する乙女のようだった。それがより一層不気味を演出していることに梓は気がつかない。
 海棠の剣が梓の頭上に振り下ろされる。しかし、梓はそれをナイフで受け止める。風を纏った剣は例えナイフで止められようとも風はナイフでは止められない。しかし結界に弾かれたかのように、風は梓を襲うことはしなかった。銃が海棠の隙間から銃を発砲すると至近距離での発砲であり、普通なら見きれるはずのない距離、それにも関らず梓は反対の左手に握ったナイフで銃を弾き飛ばす。続けざまに焔が発砲するが、ダンスを踊るような動きで悉く跳ね返されてしまった。
 海棠はすぐさま後退して構え直す。
 ――さっき、俺の攻撃を防いだのは恐らく結界だ。蔓の魔術を使える以上、他の魔術が仕えたところで不思議ではないが

「きゃはははっ。ほーんっと愉快よねぇ」

 両手に握られたナイフが、酷く不気味だった。数多の血を吸い妖刀へと変貌を遂げた、そう言われたら納得してしまいそうな不気味さがある。

「楽しくてしょうがないわぁ」

 その場から動くことを殆どしなかった梓がついに動いた。
 海棠へ向かって素早く切り込みを入れる。海棠はレイピアで受け流す。潤がとび蹴りを食らわせようとするが、梓はそれをしゃがんで交わすと同時にナイフを潤の足に突き刺す。潤は痛みで顔を顰めながらも、次の手といわんばかりに連続で蹴りを繰り出す。そして開いている手では銃を操り発砲を試みるが、梓は全て交わしきった。上体をそらし、その不安定な体制のまま、梓は地面に足をつけたまま身体を回してナイフの連撃を海棠のレイピアに与える。

「なっ――!」

 歪な音。何処か壊れそうな音。海棠はすぐさま距離を取ってレイピアの状態を確認すると、ひびがはいっていた。
 ――もうむやみに振れないか。
 海棠が退いた時、タイミングを合わせて静香が発砲した。それは梓の腕を掠めたが、梓は無反応だった。

「ほんとっこの女、実は無痛覚なんじゃねぇの!?」
「きゃは? 痛みはあるわよぉ」

 静香の叫びが聞こえたのか、梓が返事をすると同時に静香は泣きたい気持ちになった。いっそまだ無痛覚の方が良かった。そうであれば、痛みを感じていないのだから表情が変化しなくても問題はないと思えた。だが、梓は痛みがあるといった。痛みがあるうえで、表情が変化しないのだ。

「っとにもう嫌になるな!」
「あはっ。いちおーう、私は最果ての街の支配者よぉ。弱いとでも思っていたのかしらぁ?」

 罪人の牢獄最果ての街、それは罪人達が最期に行きつく街。無法地帯の罪人の牢獄出秩序が存在しない死に最も近い街であった。下剋上は当たり前、死は日常茶飯事、殺害は興じ。そんな街で支配者を何年も続けてきた彼女が、そもそも弱いはずはないのだ。 そして蔓だけで身を守るだけの防御を得意とする支配者でもあるはずがないのだ。

「あはっ。たのしいけどぉ。そろそろ決着でもつけましょうかぁ」

 妖艶に嘲笑った彼女に血が映えていた。彼女が歩けば、ひたひたと血の水が音を立てる。


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