零の旋律 | ナノ

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 ただ、彼女は数多の人を殺し、数多の血を啜り、自分の欲望に正直に生きるだけ。愉悦に浸り、快楽に溺れるだけ。罪悪感は存在すらしない。
 だから、彼女が選ぶ道はより一層愉悦を得られるものを選択する。
 襲いかかってきた蔓も、梓を守ろうとする蔓も途端に姿を消した。主の思いに従って。

「どういうことだ?」

 焔は眉を顰める。何故梓は自分の防御であり攻撃手段である蔓を消した。理解出来なかった。

「きゃはっ。だってぇ此処まで楽しいんなら私がこの手で血を行ってき残らず血しぶきに変えてあげたいじゃないのぉ。この手で、突き刺した肉の感触を! 五臓六腑をぶちまけるその姿を! 愛すべき姿をさらして欲しいじゃないのぉ。それにぃ、蔓は何時だって私とともにいるのよぉ」

 彼女は欲望に忠実だ。だからもっとも欲望を叶えられる手段を実行しようとしているにしか過ぎない。

「ははは」

 もはや、海棠は乾いた笑いを洩らすしかなかった。なんなのだ、この異常な人間は、そう思わずにはいられなかった。自分たちとて決して真っ当な道を歩んできているわけではないのに、そのことを棚に上げて真っ当な人間だと宣言したい気持ちにすらかられる。

「おいおい、なんだよ。――まぁ利用するしか手はないよな」

 静香は梓の自滅ともとれる行為に呆然としながらも、しかし相手が蔓を捨てたのなら――否、正確には捨てたわけではないのだろうが――それを利用するしか他はないと既に思考を切り替えていた。静香は服の中に隠している銃を、一丁を残して他はすべて地面に投げ捨てた。その数十五余り。さらに銃弾の大半も捨てた。

「……どんだけ隠し持っていたんだよ」
「無くしても困らないためさ」

 海棠の呆れた声に静香は苦笑する。一丁を失ってももう一丁があるから大丈夫、そんな保険のために数々の銃を所持していた。多数の銃と銃弾を所持していれば、それだけ重さで動きが鈍くなる。そのリスクを承知の上で、それよりも銃を失うリスクの方が高いと判断し、数多の銃を所持していた。
 けれど、此処まで心強い“仲間”がいるのであれば、銃を失うことよりも動きが鈍くなり足手まといになる方が、リスクが高いと静香は判断した。ならば必要最低限の銃があれば、それでいい。
 いざとなれば得意ではないが銃弾を魔術で作ることも不可能ではない。銃弾が尽きた時の最終手段として活用できる程度の魔術は扱える。
 ならば――仲間を信じて自分は自分の仕事をするだけ。その方がよっぽど効率的ではないか。
 銃を静香は構える乱射することはせず、一発一発に魂を込めるように精確な発砲を心がける。

「そうか。俺と潤で接近戦をする、焔と静香は隙を見て遠距離から攻撃してくれ」

 海棠が指示を素早く飛ばすと、返事はなくとも全員の瞳は一致していた。


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