零の旋律 | ナノ

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 蔓と対峙している間、静香と海棠の二人は梓と刃を交えていた。
 静香は海棠を援護するため後から拳銃を両手に握って梓の動きをけん制している。逃げ道を銃弾でふさいでいるはずなのに梓はそれを気に止める様子がなかった。海棠の動きは静香のナイフ捌きとは比べ物にならない次元で鋭く風を纏いつきだされる。その一撃一撃は風の魔術を纏い、かすらなくても風の刃が見えない刀となって梓を傷つけるというのに、梓は全く気にした素振りを見せなかった。
 明らかに怪我という怪我を負っているのにもかかわらずだ。狂気の瞳は爛々と輝きを増していくばかり。

「きゃはははっ、楽しいわぁ。最近骨のない奴らばっかぁだったからぁとーっても愉快よぉ」
「そうかいっ!」

 突き出された一撃を梓はナイフで受け止める。何度も繰り返される終わりなき戦い。
 海棠の額に汗が伝う。いくら攻撃しても致命傷を与えられないことへの焦りはない。ただ――その笑顔だけが理解出来なかった。例えば雅契カイヤは戦いの最中に笑い、そして狂気の片鱗を見せる。志澄律は笑顔のまま残酷な行為に及べる。白銀怜都は逆鱗に触れれば笑いながら相手を殺さずいたぶり続ける。そんな存在は間近にいくらでもいる。凶悪な犯罪者も顔面蒼白物の貴族を知っている。
 それでも、そんな彼らを知りながらも海棠の額に汗が、背中に冷や汗が流れるほど梓という存在は異質で歪で狂気だった。

「てめぇはなんなんだよ!」
「何ってぇ私は梓よぉ。あとはー何かあったかしらぁ?」

 間延びした返事、本当にわからないといった風に梓は首を傾げる。その動作が妖艶で一度捕らわれれば二度と逃げられない鳥籠に捕まったような錯覚に陥るだろう。

「ったくっ――!」

 鋭いつきを梓は交わす。風を纏った刃のせいで頬にうっすらと傷がつき血が流れる。それが口元近くを流れると舌を出して梓は血を舐めた。美味しそうに美味しそうに。

「きゃはははっはあははっ。血はやっぱりぃ美味しいのよぉ。もっともーともっと私に血を見せてぇ!」

 そう叫んだ時、梓の太股を貫通する銃弾が一発。血飛沫が舞う。

「あらぁ?」

 しかし痛みを感じないのか梓は不思議そうに首を下へ向ける。黒のニーソックスが破れ、そこから血が滴っている。
 背後には銃を構えた潤と焔がいた。

「きゃはっ」

 周りがみれば梓は四面楚歌の状態であるのに、それでも梓は余裕の表情を崩さないし笑みを浮かべることを止めない。何か秘策でもあるのか――と疑ってしまうほどに梓は何時も通りだった。
 そもそも、梓の表情がピンチだからといって青くなることもないのだろう。

「潤か!」

 正直海棠にとって潤の助太刀は有難かった。

「きゃははっあぁ――楽しいわぁ。本当に、楽しすぎてダンスでもしたいくらいよぉ」

 梓の瞳が今まで以上の狂気に彩られる。死の淵にあっても絶対的に揺らがないだろう瞳。
 血を愛し、殺人を好み、狂気に好かれた女性。それが朱宮梓であって、彼女には絶望の言葉はないし、ピンチという場面は存在しない。そんなものは最初から彼女の心にも脳にもないのだ。


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