零の旋律 | ナノ

V


「あらぁ?」

 梓は突然の出来ごとに首を傾げる。途端鋭い刃が梓の首元を捕えようと襲いかかってきた。梓はナイフで受け止めることで間一髪交わす。いつの間にか背後には蜂蜜色の髪に黒眼の青年が肩膝立ちをして、レイピアを構えていた。そして青年の周囲には僅かに風が吹く。

「だぁれ?」

 此処まで接近されていても梓には慌てる様子が一切なかった。あくまで自分のペースを梓は崩さない。

「雅契分家海棠紫央だ」

 青年――海棠は名前を名乗る。

「大丈夫でしたか?」

 そういって、焔の背後から現れた少年は黒髪に深紅の瞳をしていた。赤と黒基準としたフリルのついた服装を身にまとい、腰にはホルスターがぶら下げられているが、拳銃はそこに収まったままだ。
 恐らくは此方の少年が魔術を詠唱したのだろうと焔は判断する。

「あんたらは?」
「俺は槐。罪人の牢獄最果ての街支配者の梓に用があってきたら、あんたらがすでに戦っていたから」
「そっか、サンキュ」
「お前たちはあれだろ? 律から聞いている。焔と静香であっているよな?」
「律……あー雅契分家とかそっちの奴いっていたか」
「そういうこと。俺も雅契の分家なんで律とは交友がある。此処から撤退したらどうだ?」

 槐は淡々と焔に伝える、しかし焔は首を横に振った。このまま撤退するわけにはいかない。律の最期の命令なのだ。その命令だけは叶えたかった――。

「断る」
「そういうと思ったけど。なら加勢するよ」

 槐は表情を少しだけ和らげてからいった。

「助かる」

 正直槐と海棠が現れてくれたのは有難かった。このままでは勝ち目はないに等しかっただろう。そもそも静香や焔が本来得意としているのは狙撃であって白兵戦ではないのだ。

「じゃあ俺がとりあえず蔓は全て焼き殺すから、梓への攻撃を頼んだ」

 返事を待たずして槐は指先を伸ばして素早く円を描くと、途端に槐が思い描いた場所に同様の円が浮かび火柱が一面を覆い尽くし、空までも焼いてしまいそうだ。続けざまに別の円を複雑な指使いで描くと、別の場所が火花を散らして爆発を繰り返す。蔓が新たに生まれることすら拒絶するような灼熱の一帯と化す。
 焔は思わず呆然とする。銃弾に魔術を込めて蔓を一回一回焼いていた自分とはケタ違いの術式に、これが雅契分家の実力かと同時に納得した。
 しかし、梓の蔓に有限は存在しないのか焼き焦がしても一瞬のうちで新たなる蔓が存在し始める。そして炎を生み出す槐を邪魔だと判断したのだろう。とがった先端が無数に襲いかかってきた。

「こっちへ」

 襲いかかってくる方に手招きしてくる槐の指示に焔は黙って従い槐の隣に並ぶと、蔓は槐を殺そうと襲いかかってきたはずなのに、途端見えない壁にぶつかったかのような衝撃に蔓は襲われ後退した。
 目に見えないが、物理攻撃を阻むそれは、間違いなく結界術だった。

「へー流石」

 口笛を鳴らしたい気分だった。焔は助太刀したいのはやまやまだったが、拳銃を弾き飛ばされた衝撃を手首が受けた影響で、痛みが引かない。下手に発砲して狙いがずれて“味方”に当たってしまっては意味がないと痛みがひくまで、手を拱いている状態だった。

「……まずいかな」

 感心している焔とは対照的に槐は渋い顔をしていた。


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