零の旋律 | ナノ

T


+++
 梓は歪な笑い声をあげながらもその場から一歩も動こうとはしない。動く必要もない。梓の意思は余すところなく蔓がくみとって、梓を守り、梓の願いを叶え、梓に血を見せるのだ。
 長年培っていた戦闘経験から危険だと直感した焔と静香がその場から飛びのくと、地面貫く蔓が姿を現す。後数秒逃げるのが遅ければ串刺しになっていた。その場面を想像して冷や汗が伝う。

「きゃはっ。彼らは、面白くなかったからぁ。貴方たちは楽しませてねぇ」

 間延びした梓の言葉が呪いのように木霊する。

「生憎、楽しませてやるような技術は持ってねぇよ」

 悪態をつきながら焔は銃の引き金を引く。その銃弾に魔術を込めて。梓目掛けて放たれた銃弾は梓を守るように現れた蔓によって妨害されたが、焔にとってはそれが狙いだ。途端に蔓が炎に囲まれる。
 火属性の魔術を付加した銃弾は着弾と同時に燃え上がる仕組みになっていたのだ。

「あらぁ」

 梓が愉悦に浸っていると、背後に回り込んだ静香が拳銃の引き金を引く。しかし、銃弾の速度よりも早く蔓が梓の身を守る。盾となった蔓を愛おしそうに梓が撫でる。その動作に静香は背筋に悪寒が迸り、逃げるようにして走り出す。

「なんだよっ」

 何故悪寒が迸ったのか理解できない。ただ、蔓を撫でただけだろうと、自分に言い聞かせてもそれでも駄目だったのだ。得体のしれない化け物を相手にしているようでしかならなかった。
 焔と静香は目線だけを合わせて、梓を中心として向かいあうと同時に引き金を引く。弾が尽きるまで連射したそれら一つ一つには魔術が込められていて、蔓が梓を守る度に発火して蔓を焼き焦がす。
 その火の間をくぐり抜けるように、拳銃からナイフに切り替えた静香が迫ってくる。

「あらぁ」

 距離が近すぎれば、蔓が入ってくる余裕はない。主である梓を傷つけてしまう可能性があるからだ。
 だから、それが唯一の勝機と踏んで静香は懐に入ったのだ。静香の方が接近戦に長けているが故に、そちらは静香に任せて焔はリロードを素早く終え、焦点を梓に絞る。梓を惑わせば蔓の防御動作が鈍くなるのかは定かではないが、どちらにせよ邪魔な蔓は焼き払ってしまえばいいだけだ。
 淡々と焔は引き金を引く。静香がナイフを振り下ろすと、視線と視線があった瞬間に金属音が響く。

「あはっすごーい。私の間合いに入ってこれる人なんてぇ滅多にいないわよぉ」

 梓の左手に握られていたのはナイフだった。口元を綻ばせるそれは歓喜そのもの。

「そりゃどうも」
「きゃはははっ、あはっ。楽しくなってきちゃったわぁ」

 梓と静香のナイフがぶつかりあって歪な旋律を奏でる。静香の腕を梓のナイフが掠め
る。

「っ――(おいおい、蔓に守られている奴なのに……ナイフ捌きまで得意なのかよ)」

 静香は舌打ちしたい心境にかられた。梓と対決するのも対面するのも初めてだったが、彼女についての情報は焔や律から聞いている。その中で梓は常に蔓での攻撃を主としているて、ナイフを所持していることは予め情報として知っていたが、ナイフの使用用途は主に瀕死の相手へ止めを刺す時くらいなものだった。あと、罪人の牢獄支配者を戯れで刺す時に使われているという情報も聞いたが、それは聞かなかったことにしていた。


- 217 -


[*前] | [次#]

TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -