零の旋律 | ナノ

第六話:舞台


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 浄化される空気、嘗て当たり前だった匂い。けれど、今となってはそれが懐かしいものなのか判然としない。罪人の牢獄が出来る前、エカルラートが浮かぶより以前の歳月よりも、罪人の牢獄が出来、不老不死となって過ごした年月の方が圧倒的に長いからだ。
 あの日々を思いだそうとしても、楽しかった記憶が虚は思いだせない。思いだすのは憎しみを抱き、全てを壊そうと虚偽の願いではなく虚がそう思った日ばかりだ。

「何時だって、人の世は愚かしい」

 全ての人に対して虚は憎しみを向ける。ただ、その思いは虚偽がいるからこそ和らいでいるに過ぎないのだ。虚偽がいるからこそ、虚は生きていても構わないと思っているのだ。
 たった一人の弟が傍にいてくれれば、忌まわしい過去を過去として思い出さずに済む。

『あははははは、だったら私が全て殺してやる』
『貴様らが私から全てを奪ったのなら、私も貴様らから全てを奪ってやる!』

 そう叫んだあの日を夢として見なくて済むから。
 だから――弟の夢を叶えるために、彼女は刃を握る。

「全く持って、邪魔ばかりするんだねぇ、君たちは」

 弟がいるから、虚という人格を作り上げることが出来る。虚は決戦の舞台へ赴いた彼らを待ち構えていた。場所は“始まり”を作った場所。貴族たちが住み、王宮があり、政府の塔がある場所に広がる広場。
 決戦の舞台へはふさわしいの一言だと言わんばかりに、そこは生死をかける戦いの場において広々としていて障害になるものはない。歩く度に、芝生の感触がある程度だ。澄み切った空は、是から世界が滅びようとしているとは思わせないほどに、美景だった。

「邪魔をするとわかっていたから、お前は此処で待っていたのだろう。何より此処で終わらせるために」
「そうさ、死に場所は此処と決めているからねぇ。そんな場所に来ないでもらえるかな?」

 泉の言葉に、虚は余裕を持って返す。虚の周りには包帯に巻かれていない人間と紛うほどの精巧な人形が五体立ち並ぶ。どれもが絶世の美女の姿をしていた。

「俺たちには俺たちの目的があるんだ、それを邪魔するな」
「泉君は殆ど目的を見失いかけているのに、それでもかい? 全く、思いというのは私にしろ君たちにしろ厄介なものだねぇ」
「俺が……例え目的を殆ど見失いかけていたとしても、僅かにそこに道が残っているなら、俺はそこに進むだけだ」

 律との約束があるから、願いがあるからまだ迷わない。

「それにさー泉がその道を迷ったとしても、僕としてはこっちに引き戻す気満々だけどねー戦力減ったら困るし」

 泉の宣言に対してカイヤが無邪気に言葉を継ぎ足す。薄いようで強固な糸が彼らにはある。
 それを知っているからこそ、虚は彼らを殺すと決めていた。

「今度は逃げないのかい? 幻術師水霧双海」
「今度は時間稼ぎをするつもりがないんでな」
「そうかい。揃いもそろって、頑固なんだから、全く持ってねぇ。さて、これ以上無駄話をした所で意味はないだろうね、私も全力で君たちを殺しに行かせてもらうよ」

 虚の宣言と同時に人形たちが襲いかかる。人形師虚、ならばその人形師の肩書をはぐことから始めようと、彼らは動く。汐は鞘から剣を抜いて、人形と刃と刃をぶつける。 そこへカイヤの火の玉が汐もろとも焼き殺さんとばかりに降り注ぐ。汐はそれを何事もなかったかのように最低限の動作で交わす。人形は後へ大きく跳躍して、カイヤの火の玉から身を守った。


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