第五話:それが最善であるのならば 何も映らない。世界を映していたたった二人の大切な人は、いなくなってしまった。 「あぁ……見えねぇ」 何も見えない。辛うじて残っていた心が全て音を立てて砕けていくようだ。 それでも、まだ終わりじゃない。律と誓ったことを叶えるまでは、まだ――生きていなければ。 「いず……」 冷静沈着で大胆不敵な泉らしくない、必死の形相でこの場から立ち去った泉は、彼らの元へ戻ってきた。そのことに気がついたカイヤは声をかけようとして、途中で止まった。僅かに残っていた、大切な人がいるという光さえ失った漆黒の彼がそこにはいたから。聡い彼らはすぐに理解した。律に何かがあったのだと。けれど、聡いからこそ彼らは何も聞かなかった。聞かなくてもわかるくらいに、付き合いが長い。 言葉にしなければ伝わらないこともあるが、言葉にしなくても伝わることがある。 「さて、ではどうする」 戻ってきた泉に気を使うことせず雪城眞矢が淡々と問う。それが泉への気遣いであった。 「……そうだな、虚と最期の楽園を何とかしない限りはどうにもならないだろう」 そこに虚偽が含まれていないのは、彼の戦闘技術であれば、捕えることは容易だからだ。不老不死の能力は厄介でも檻に閉じ込めておくことは可能だ。 「なら、二手にでも分かれるか? 海璃は最期の楽園を僅かばかりだが止める方法を知っているし、翆鳳院の知識がある」 「それがいいんじゃないか?」 雪城の言葉に汐が同意する。海璃が唯一この中で、最期の楽園の浸食を弱めることが出来る。他の面々も時間があれば海璃の知識を伝授してもらうことも可能なのだろうが、生憎その時間は一秒たりともなかった。 今は一刻も争う時である。既に最期の楽園は罪人の牢獄を浄化して滅ぼした後だろう。地上に姿を現すまで時間がない――否、もしかしたらすでに始まっているのかもしれない。 「なら、海璃と私、繚が最期の楽園へは向かおうか?」 一番の強敵は言うまでもなく虚である。最期の楽園へそこまでの人数は避けない。そうなると三人前後が丁度いいと双海は判断し、その判断は他の誰もが同じだった。 「そうだな、た」 「いや、双海は泉たちと一緒にいろ」 海棠が同意した時、言葉を遮るようにして現れる一人の人物がいた。それは月のように輝く銀髪を靡かせて、蒼き衣に身を包んだ白銀家当主、白銀怜都だ。 「怜都!」 「ったく、勝手なことをしやがって……まぁ助かった」 「俺の主は怜都だけだからな」 怜都の笑みに、双海も笑みを返す。怜都にとって大切なのが海璃だけである以上、虚が海璃を攻撃しようとした時点で、怜都は反旗を翻していた。だから。この場に合流した。伝令を飛ばしたのは、雪の魔術で鳥を作った雪城だ。 [*前] | [次#] TOP |