零の旋律 | ナノ

第四話:別れ


「あああああああああああああああああああ」

 木霊する叫び声。

「あつぁあああ」

 言葉にならない思い。全部自分が招いたこと、全部自分で思って行動して、仲間を殺した。
 艶やかな烏羽色の髪は乱れ、鬼のような形相で嘆きを続ける。叫び過ぎて喉から血が出てきても構いやしない。
 もう――どうしていいかわからない。
 自分で選んで、選んで殺したはずなのに、終わってみれば、最早どうしていいかわからない。
 迷路の終点に行きついて、絡みとられてもがくことも叶わない。
 自分が招いたこと。それが最善だと思いこんで、そのために殺した。
 大切な仲間を。大切な人を。

「あああはっ、はははははははは」

 流れる涙が、涙だと認識出来ていない。視界はぼやけるのに、涙だとわからない。それでも一歩一歩前に進む。重い足取りで。ただ、ただ悲しみが永遠と襲いかかってくるだけ。最早、何が理由で何が目的かわからない。
 ――虚偽
 心を過ったのは縋りたいのは――
 虚偽の元へ戻ろうと、栞は歩みを続ける。影で移動する、そんな思考は最早なかった。

「えっ――?」

 何かが貫く衝撃、何が起きた? と理解するより早く、栞は地面に倒れた――脳天を銃で撃ち抜かれて。


+++
「……ったく後味悪いな……」

 栞の脳天を打ち抜いた狙撃主はそう呟く。栞と千朱、水渚の戦いを離れた建物内の屋上で静かに焔は見ていた。スコープから覗き確実な隙だけを待ち引き金を引いた。
 失敗すれば命はない極限状態の中で焔は失敗しなかった。狙撃主として一流の腕前を誇る焔だからこそ、なせた業だ。影を使って一瞬で移動し、影を切り、影を奪う栞を殺すために律が容易した作戦は、遠距離から隙が出来た所で狙撃するというものだった。
 普段の栞ならいざ知らず、心が崩壊してしまった栞が狙撃の可能性を考える思考は存在しなかった。その隙を見逃さず、焔は確実に仕留めた。役割は終わったと、焔はスコープから視線を外して撤退準備を始める。長居は不要だ。

「律、終わったぞ」

 通信用の魔術に魔力を込めて展開し律へ呼びかける。

「……?」

 だが、反応は返ってこない。

「おい! 律、終わったぞ。返事をしろ!」

 あり得ないと思うのと同時に、あの時の姿が蘇る。

「まさか――」

 あの律だぞ、そう心は否定したいのに身体は律がいた場所へ走り出していた。


+++
 意識が薄れて行く。身体を動かさなきゃいけないのに、身体が動かない。モドカシイ。

「律! 律!」

 ――誰だ? 慌てて俺の名前を呼ぶのは。
 ――誰だって? 何を。馬鹿馬鹿しい。
 ――けど、なんでそんなに必死な形相をしている。泣かないお前が、何故泣きそうなんだ。

「……泉」

 真っ黒、視界が覆われているのではと錯覚させる闇が、闇以外の輝きを放ちて、律の身体を揺すっていた。

「あーそうか……忘れていた」

 律は自嘲する。泉の情報収集能力元を破壊しないで水波と戦闘を行った結果、その過程や結末は泉の所へ情報として余すところなく届いていたのだろう。だから、泉は慌ててこの場にやってきてくれたのだ。
 ――あー温かいな。俺には似つかわしくないほど、温かい。

「おい、さっさと手当するぞ」
「なぁ泉……」
「何だ?」
「……悪いな」

 ――なんだって言葉が浮かばないんだろうな。
 ――どうして、俺はこんな言葉を呟いてしまったんだろう
 頬に触れようとして手を伸ばす。届かずに落下しかけるのを、泉は両手で受け止めた。

「律!?」

 ――あぁ、そうか、最後まで一緒にいてやれねぇからか。
 薄れゆく意識の中、最後は全てが黒を映し出した。



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