零の旋律 | ナノ

V


「本気で、戦うよ」

 栞がそう宣言した途端、視界が悪い中でもしっかりと判断がついた。それは栞の影が地上に姿を現す様。うねる影は徐々に形を作り出して、虎のような形状の影と、栞の周りには無数の盾と思しき影が具現する。それらは意思を持っているのかのごとく、蠢く。

「千朱ちゃん!」

 初めて見る栞の攻撃に呆気にとられてしまった千朱は水渚の叫び声で我にかえる。隙は一瞬だったはずなのにその一瞬が致命傷になることが覆いにある。だが、千朱は寸前の所で襲いかかる虎影を回避出来た。
 何故ならば、襲いかかってきたそれを水渚が沫で攻撃してくれたおかげで動きが一瞬鈍ったからだ。
 千朱は後方に下がって水渚の隣に並ぶとそこで異変に気がつく。

「水渚!?」
「千朱ちゃん、いいかい。具現している影に攻撃をしちゃ、駄目なんだ。あの攻撃パターンになった場合、栞ちゃんに勝つには栞ちゃん本体を攻撃しなきゃいけない」

 視界が悪い中でもわかった。水渚が腕から血を流していることに。水渚は攻撃を食らっていない。それなのに何故怪我をしている――? その疑問の答えが浮かぶよりも水渚が説明をする方が早かった。

「栞ちゃんが具現させた影は僕らの影を飲み込んでいる。見て御覧」

 地面に視線を移すと、そこにあるはずのものがなかった。それは――自分たちの影。

「そして、僕たちの影を盛り込んだ影を作り出した。つまり、あれは僕たち自身のようなもの。攻撃するとその反動は僕たちにも返ってくるってわけさ」

 ぞくり、と背筋が凍る錯覚を覚える。影を切ることが出来る、それだけで驚異的な力なのに、まだ先があった事実。影を奪えるだなんて考えもしなかった。何より、この攻撃方法は一撃で殺すことを主としている栞の戦闘方法に反する。

「そう、だから栞ちゃんは滅多に使わないよ。殺そうと思った時には。……でも僕らは栞ちゃんの戦い方を熟知しているが故に、影を切る方法は殆ど通じないだろうから、栞ちゃんにとっても苦肉の決断だったんだろうね」

 千朱の心理を読んだかのように水渚は続けた。

「栞ちゃんを倒すよ」

 初対面の相手であれば、影を気にしながら戦闘することは不可能に近い。だが、特に水渚は昔から栞のそれを見てきたし、栞が切れた時には止めていた。だからこそ、その戦い方を熟知している。千朱も水渚には及ばないが、またしかりだ。
 そんな二人だからこそ、栞は別の方法を選んだ。栞の両手には拳銃が握られている。

「――(ごめんね、それでも俺は)」

 迷路に迷っていることに気がつかずに、それが信念だと、それが自分の確固たる意志だと確信してさらに深淵に迷い込んでいく。
 傍から見ればそれが一目瞭然なのに、本人だけは気がつかない。


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