U 「栞ちゃん、勝負だよ」 水渚周辺無数に現れる沫の数々は、一つ一つが破裂してさらなる個数を作り上げていく。 「……」 栞からの返事はなかった。ただ、強張った表情だけが確認できた。栞は恐らく気が付いていない。自分の表情に心に。 「千朱ちゃん、レッツゴー!」 張りつめていた気が抜けるような号令に、千朱は苦笑しながら――だがやる気だけは充分に満ちていた。 地面をかける。篝火程の素早さとバランス力を千朱は持ち合わせていないが、しかし力に関しては篝火を凌駕する。一撃一撃が重い拳が繰り出されるのを栞は確実に見きって交わす。 そこへ逃げ道をなくすかのように沫が現れる。栞は咄嗟に影へ逃げて水渚の攻撃を交わす。水渚の影から背後へ現れるが、水渚はそれを見越していたのかように、宙へ飛んだ。そして掌サイズの沫が無数に栞へ襲いかかる。 「水面に潤いし泡沫の時よ」 水渚が詠唱すると、螺旋を描く水面が現れる。それらは無数の泡を紡ぎだし、水色の世界へ周辺を作り返る。沈静の効果があるのではと思えるほど、静寂な空気を沫は作り出す。攻撃に転用している沫とは違った、安らぎをもたらすもの。沫は紡ぎだされては静かに儚く消えて行く。 攻撃的な威力は持たないが、周囲の視界は霧がかかったかのように悪くなる。だが、千朱にそれは関係ない。そして栞には関係がある。栞が影の間で移動が出来るのは、視界で認識出来る影であって、見えなければわからなければ移動出来ない。その弱点を突いた水渚の対栞用の攻撃だった。 千朱は力いっぱい殴ろうと拳に力を込める。だが、それが栞に当たることはなかった。栞とて、影の移動が出来なくても高い身体能力で接近戦をすることは可能なのだ。 「簡単に当たるわけないでしょ、千朱ちゃん。君たちの喧嘩を止めていたのは俺なんだから」 「知っているよ。だから、俺たちはお互いにお互いの戦闘を、自分以外で誰よりも熟知しているんだろうが」 お互いに弱点を知っている。お互いに攻撃を知っている。 ――お互いを知っている。 「そうだね」 だからこそ、戦局がどう傾くかはお互いに不明瞭だった。 ――そう、だから 「だから、俺は遠慮なんてしないよ」 傷つけないで殺すことは、この二人相手では無理だ。栞はそう悟った。悟ってしまった。傷つく姿は見たくない、そんな自分勝手な想いは重々承知だ。 ――けど、水渚と千朱を同時に殺すことも傷つけないで殺すことも不可能だ。 しかし、不可能なら他の誰かに殺されるよりも自分の手で殺そう、そんな新たな想いが生まれてしまった――。 [*前] | [次#] TOP |