零の旋律 | ナノ

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「何をいってんのさ、俺は今さら引き返すつもりはないよ」
「知っているよ。栞ちゃんが人一倍頑固だってことくらい。僕たち何年一緒にいると思ってんの。繊細な癖に頑固で一途で、下手に頭がいいもんだからいろーんなこと一人で背負ってるじゃん。だから、栞ちゃんを言葉で諭せないことくらい僕は知っている」
「みなぎ……さ」
「だから、僕らは力づくで栞ちゃんを止めてあげるよ」

 それは朔夜に出来なかったことを今度は水渚と千朱が実現すると断言したのだ。

「何せ、マジギレした栞ちゃんを止めるのは僕の役目だったんだ、頑固な栞ちゃんを殴るのも僕の役目でしょ?」

 爽やかな笑みに、栞の瞳からは自然と涙が零れる。でも栞はそれに気がつかない。頬に流れたのは血だろう、そんな風にしか思えなかった。
 何時だって栞がキレたとき、死ぬかもしれないのを承知の上で真っ先に止めてくれたのは他の誰でもない水渚だ。千朱と一緒に行動するようになってからは千朱も加わった。
 殺戮の力を知りながらも、怯むことなく挑んできた。だからこそ、二人は誰よりも栞の戦法を知っていた。それが唯一の勝機。戦線を離脱した自分たちが、このフィールドに戻ってくることはすなわち、栞が自分たちを殺しにくるということに他ならない。それで構わなかった。そうしなければ栞を無理矢理自分たちの方へ連れ出すことなんて不可能だと、栞と長く一緒にいたからこそわかっている。
 何より、虚と虚偽が世界を滅ぼしたのなら自分たちは死ぬのだ。

「さぁ、栞ちゃん」
「勝負だ」
「……そう、だね」

 ――何故、戻ってきてしまったんだろう。ようやっと両思いになれたくせに。どうして――死にに来てしまったんだろう。
 ――けれど、水渚や千朱が苦しむ姿を見るくらいなら、そうなるくらいなら
 ――俺が殺そう。
 栞の決意が栞を壊すことに、本人は気付いていない。本当なら何処かで気がつけたはずなのに、その機会を栞は逃し続けた。ならば無理矢理気付かせるだけだと水渚と千朱は動く。

「千朱ちゃん、ミスしたら殴るから」
「それはこっちの台詞だってーの」
「栞ちゃんに勝つよ。栞ちゃんは――負かして上げるべきなんだ」
「だな(強すぎる力を持ってしまったが故に、殺すことをよしとしてしまうなんて、そんなの無くしてやる)」

 水渚から見ても栞は負けを知らない子だった。普段影の力を使わない殺さずで通している時は負けることもある。けれど本領を発揮した時、栞が負けた姿を水渚は知らない。
 だから、一度負けるべきだ、そんな風に水渚は思う。


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