零の旋律 | ナノ

V


「……虚空の闇よ全てを飲み込め」

 律は宙へ跳躍し詠唱すると同時に、大鎌を地面に向けて空を切る。虚空から生まれるは無数に蠢く闇の僕。大地すら飲み込み、避難した人々が住んでいた建物をも飲み込み、抉る。
 凶悪な術に水波は素早く回避行動をとるが、それよりも律の術が早い。

「襲いかかる難敵より我を守りたまえ、聖なる光が邪悪なる闇を打ち滅ぶまで」

 水波は結界術を詠唱する。たちまち浮かぶは聖なる輝きを持った六角を描く結界。光の線と線が結び重なり合い、闇から水波を守る聖なる盾となる。
闇は水波さえ飲み込んで、そして一定範囲を飲み込んだ後、消える。

「仕留めそこなったか」

 律は歪な笑みを浮かべる。別段、戦闘狂ではない。生き延びるために戦う力を得て、殺すことに麻痺してしまった慣れの果て。改心することすら叶わなくなった姿が今の律を現している。
 水波の唱えた上位結界が、辛うじて律の攻撃を防いだ。それでも怪我は酷い。服はボロボロに破け、腕からは夥しい血が流れる。みつあみで纏められていた長い髪は、解け長さがばらばらになっている。それでも瞳だけは戦意を失っていなかった。

「(是が結界術師である雛罌粟なら、無傷で生還出来たんだろうけど、僕にそんな技量はない……生きているだけ、ましというものか)」

 水波の口元には自然と笑みが浮かんだ。圧倒的攻撃力を前にしてまだ自分が生きている。それだけで勝機は失われてはいない。だが、弓を握る握力はもうない。
 律が優美な動作で地面に着地すると同時に、大鎌の先端を律の首元に当てる。

「終わりだよ。大体どんな勝ち目があったっていうんだ」

 ニヤリと笑う本当の意味を律は知らない。

「君だけを殺す勝ち方なんて、僕にはないから」
「――!?」

 何か来る、直感が告げていた。だから律はその場から逃げだそうとしたが、服を律が力の限り握った。離させるまでの一秒にも満たない刹那の時間、それだけで良かった。

「それ以外の道を探したけど、無理なら。僕はそれにかけるんだ、『ステールメイト』」

 合図。予め発動する言葉を決めておくことによって術を発動させる魔術。逃がさないと全身で律は水波を捕える。刃が首を突き刺し血を流す。致命傷を受けても生きている僅かな時間をかけて、捕えた獲物に必死に掴みかかる。

「てめっ!」

 術が発動された瞬間、迸る光。水波の身体を中心として――洋服と和服を組み合わせるという奇抜な格好をした水波の服の合間から見える無数の術式が組み込まれた小型爆弾。

「(こいつっ、俺を道ずれにするつもりだったのか!)」

 それならば周りに気をはっていたところで意味がない。水波自身が切り札だ。律にとってそれは予想外であった。自ら命を立ってまで、自分を殺そうとするとは考えたこともなかった。その隙をついた水波の策だった。否、策と呼ぶには無謀過ぎるものだったのかもしれない――それでも勝てる見込みはそれしかなかった。死霊使いをこの世から葬るには。
 光が周囲に満ちると同時に、大音響が鼓膜を破る勢いで鳴り響く。


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