零の旋律 | ナノ

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「何を言うかと思えば、そんなこと――当然だろう」
「完成させてはいけない術を完成させてしまった、それがどんな結末を生むか、君にだってわかっていたはずだ」
「わかっていても、それが一番手っとり早い目の前にある力だったから縋っただけだ」

 志澄家は代々玖城家に仕えてきた騎士の家系。騎士でありながら、魔術――特に死霊を扱う術を研究してきた一族だ。だが、長い年月をかけても死霊の術を完成させられることはなかった。志澄律が現れるまで。彼は完成しなかった術を、今までの研究成果を土台にして作り上げたのだ。
 そうして彼は死霊を使役する。彼らの思いを踏みにじったまま。思いのままに。

「縋ってはいけない物に縋って、今も縋っている。それはきっと白冴を倒して世界が滅びなかったとしても危険な代物だ。そして僕が君に挑んで勝機があるチャンスは白冴が動いている時を除いてない」
「何故、そう思う?」
「白冴という驚異がなくなれば、君たちがこの国“エカルラート”を牛耳れるからだよ」
「ははっ、まぁ確かにな」

 口を歪めて律は笑う。

「なら、仕方ないな。虚を片付ける前にお前を片付けるか」

 律の手には歪な大鎌が握られている。数多の命を狩り、血を吸ってきた大鎌が酷く不気味に映る。
 ――落ち着け、呼吸を整えろ
 水波は深呼吸してから弓を構える。

「あぁ、そうだ殺す前に、お前の放置しておけない危険人物は俺の他に誰がいるんだ?」
「白冴虚、虚偽の両名は勿論のこと、後は――水霧双海だよ」
「やっぱりな。死霊の術が禁じられるべき術であるなら、双海の幻術は生み出されざるべき術だ」

 律は予想通りの答えに納得した。双海はことあるごとに林檎を齧っている。それは林檎が好物だからではない。林檎を常に持ち歩いているわけでもない。あの林檎は双海が作り出してしまった“偽物”だ。
 双海とて境界線は弁えているだろうが、だが林檎を作れるのならば――尤も当人はまだ“美味しくない”と言っているが、そもそも偽物を食べられる方がおかしいのだ――生物だって想像が出来てしまう。すでに、双海はその片鱗を見せていた。

「まぁ双海は自分の怪我を、新しい皮膚を想像することで治すという暴挙にすら出られる実力があるからなぁ……というか、俺よりまず双海殺しに行けよ」

 危険度だけで言うのならば、双海の方が上だと本心から律は思う。

「……それは流石というか何というか、禁断の領域に足を踏み入れいているよね、彼は」
「あぁ、あいつの身体の何割が“本物”なんだろうな」
「それを自分の身体で実行できる所が彼の歪さなんだろうね」
「あいつは他人にそれを試す気は殆どない。失敗する可能性が高いからだそうだ、自分の身体ならば――失敗する可能性がいくら低いとは言え、リスクは高い。何せ本物を破壊して偽物へ変えるんだからな」

 並大抵の精神力では到底なしえないことを――双海はやってのける。初めてそれを目の当たりにした時は流石の律も冷や汗が流れた。


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