零の旋律 | ナノ

V


「お褒めの言葉として受け取っておくよ」

 水霧が扱う幻術を現実へ具現する術それは水霧にある“独特の幻術世界”を経由させて現実へ具現させているのだ。幻術世界でイメージする過程を伴うからこそ、幻術を現実世界へ具現化するまでにタイムラグは必ず存在してしまうのだ。タイムラグを減らすためには、幻術世界でのイメージを短くする必要がある。用途や形をより明確に繊細で精密に何より短時間で出来なければ、隙を作ることとなる。幻術を具現する際の弱点が存在するなかで、双海の幻術は驚くほどに発動までの時間が短かった。
 魔術を行使する際に、詠唱を必要としないようなものである。そして、双海の幻術は双海がイメージできる範囲であればどこだろうが規模を選ばずに行使することが出来る。

「尤も、私に挑んで無事でいられるなんて思わないでほしいけれどね」
「私――いや、俺がか? 冗談。無事でいられるなんて最初から思っていないし、そもそも俺の目的は時間稼ぎをするだけだ」

 柔らかい笑みを打ち消し、本来の表情を双海は浮かべる。それは暗殺者としての顔。優しさや慈悲は一片の欠片も含まれていない。ただ目的のために行動する姿そのものだ。

「ま、それが妥当だろうねぇ。君は恐らくやばくなれば逃げるのだろうから」

 虚は嘲笑する。双海が本気でその場を退散しようとすれば虚は双海を追うことは叶わないと理解している。だから水霧は厄介なんだと――。双海の幻術が開花する。虚は人形を巧みに操り、攻撃を破壊していくが、その速度を上回って双海の幻術は増える。虚は「面倒だねぇ」と呟くが、それでも余裕の表情を崩さない。いくら猛攻を仕掛けようとも事実、虚は無傷だった。双海の攻撃は虚まで届かない。それでも虚にとってみれば、生涯の中で双海という存在は強敵であることは間違いないだろう。それでも虚が余裕で入られるのは虚の確固たる自信故、確固たる力故。何より不老不死をどうやって――殺すのだという思いが存在する。
 双海の頬を人形のレイピアが掠め、血が流れる。レイピアは次の瞬間それが幻にでもされたかのように、粉々に消えゆく。人形は伸ばした手で双海を絡みとるように襲いかかってくるが。双海はそれを後方へ飛んで移動する。柔らかい草が膝への衝撃を吸収してくれる。
 虚の人形が二体に増えた。人形だからこそなせる素早い動きで双海の背後に回り双海を絡め取るが、双海の周りに無数の刃が現れて人形の串刺しにする、迫ってくる人形に対しては鎖で絡める。

「全く、厄介だ」

 背筋に悪寒が走るのと同時に、双海のわき腹から血が流れる。眼前にいるのは人形ではなく虚本人だった。銀色の髪に隠れた顔から見える口元には、笑みが浮かんでいる。絶対的自信からなせる笑み。

「流石(これ以上は……)」

 虚がさらなる攻撃を仕掛けるよりも早く、双海は最初からこの場所にいなかったように跡形もなく姿を眩ました。

「……水霧の幻術世界へ逃げたか、全く。そこに逃げ込まれては流石の私も追えないじゃないか」

 銀色の粉を散らしながら、虚は逃げた双海を追うことはしなかった。否、追う必要性も意味もなかった。


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